2-8
オーバンが依頼を受けた日の夜、薄暗い部屋に男女が1組いた。
「このままでは奴の娘が、かの御仁に気に入られてしまう!なんとかせんか!」
「これ以上は無理ですね、どうしてもならご自身で事を起こしてください。」
「それが出来たら苦労はせんわ!かの御仁は、儂が裏で様々な事に手を出してるのを、感ずいておる。」
「どうあがいても破滅に一直線ですね。降りたくなってまいりました。」
「いまさら降りても仕方ないぞ。儂の破滅はお主の破滅でもあるのだからな!」
「・・・チッ。じゃあどうするんですか?彼女を殺すのですか?」
「・・・それじゃ。」
「はぁ?正気ですか。そんな事したら、今まで築いてきた立場が全部水泡に帰しますよ?」
「こうなったら非常手段じゃ。かの御仁に気に入られるより前に奴の娘を消すのじゃ。」
「・・・方法は?通常の方法だと絶対に足が付きますよ。」
「それもお主が考えるのじゃ。簡単じゃろ?」
「簡単にできるならこんな事言いませんよ!・・・少し時間をください、確実に仕留める方法を考えますので。」
「頼んじゃぞ。」
そんな下種の会話が繰り広げられた翌日、オーバンは自身の店の2階に居た。
「サマンサさん、ここの縫いは少し寄せて塗った方がきれいに見えますよ。」
「それは判るんですが、詰め方が分からなくて・・・」
「・・・手を貸せないのが嫌ですね。貴方の作品ですから一度貴方のやりたいようにやって、出来上がった物を指導するのが良いのですが、ここまでひどいと奪ってしまいたい程です。」
「私は服飾の才能が無いんですか?」
「いいえ、初めての人ならこの位は普通ですよ。ただ、先達として自分がやれる部分の事を見せられるだけと言うのが、苦痛なのです。」
2階は作業場兼アトリエとなっているファルド服飾店のアトリエの部分でサマンサを指導しながら自分の作業をしていた。
サマンサの作りたかったデザインを出勤時に見せられたオーバンは、そのままサマンサをアトリエに連れて行った。
「素材があってデザインが決まったのなら、縫ってみるべきだと思いますから。経験は力です。」
「そうは言っても、店長が結構駄目出ししますよね。」
「これはどうですか?と言う提案なのですがそう聞こえるのなら、私の言い方が悪いのでしょうね。【絹糸傀儡】」
「・・・店長の魔法、凄いですね。普通の人ってその魔法で出来るのって1、2本だけですよね。」
「何事も経験です。貴方も慣れればこの位はできますよ。」
「慣れたくないな~。」
絹糸傀儡と言う魔法は本来ならサマンサの言う通り1、2本位しか操れないのに、オーバンは現在29本の糸を同時に操りながら両腕でさらに複雑な物を縫っていた。
魔法で操っている糸で服を縫い、両手で模様を縫うと言う、見ている者が神業と称する行為をしていた。
「作りたい物が多すぎて、いつの間にか出来るようになっていたのですよ。本数を減らせば両手の様にできますしね、便利ですよ。」
「幾ら便利とはいえ、そこまで出来る人になりたくないですね。」
そうして作業をしていると従業員の1人がアトリエに入って来た。
「店長、お客様です。宅配ですね。」
「宅配ですか?」
「はい、そうです。持ってきたのは瓶ですが・・・」
それを聞くとオーバンはアトリエを一目散に飛び出した。
そして、宅配業を受注した探索者にお礼と依頼書の控えを渡して、自室に帰ろうとしたが、その前にサマンサ達に捕まった。
「店長、それなんですか?」
「お酒ですよ。結構前に注文していたのですが、ようやく届いたのですよ。」
「どこのお酒ですか?」
「ノーザン領の赤で、5年前の当たり年の奴ですね。」
「うぇえ!1本銀貨2枚の奴ですか!」
「ええ、服以外にある唯一の趣味ですから、多少のお値段は覚悟で頼みました。」
「お酒が趣味ですか?イメージと合わないんですけど。」
「・・・恐らく貴方達は酒場で飲むような物を想像しているかもしれませんが、私の飲み方はできるだけ静かに思いを馳せて飲む飲み方なのですよ。所謂一人飲みですね、では失礼。」
そう言ってサマンサ達の脇を抜けて自室にしている部分に帰ってきて、ワインを仕舞うとどう飲もうかを考え始めたが、一番の大仕事を終わらせてからにしようと思い至った。
(あの美しくも無垢な彼女が衣装を着て綻ぶ顔が良いですね。待ち遠しい物です。)
切りが良いのでここで切ります
使用魔法とノーザン領について
絹糸傀儡・・・系統外系統の魔法で文字通り糸を操るだけ(糸の種類は問わない)普通は1.2本だけだが慣れてくると本数が増える。(伝説の人は80本程操ったとの記述有り)(本数が増える程頭の処理能力が必要)
ノーザン領はワインの産地。現実で言えばボジョレみたいな物