8-18
数十分後、治療院から対毒ガス装備が届いた為、ルインは工場の中に入った。
同行を申し出た警邏隊員と一緒に入ると、安全の為に入り口が絞められた。
「頼んだ手前で悪いんですが、治療院と関係が悪くなりませんか?」
「知るか!あの馬鹿共には良い薬になるだろ。」
何故ルインが入れたかと言うと、警邏隊員の要請で誰が入るかで治療院から寄こされた治療師全員が中に入るのを拒み、ルインが入らざる得なかったからだ。
「しかし薄情な奴らですね。自分達が入るのを嫌がるのに、ルインさんが入ろうとすると罵るなんて。」
「異端者に現場を荒らされたくないんだろ?だったら中に入れってんだ。」
仕方なく手を挙げたルインを見た1人がその素性を知っており、此方に対して罵詈雑言を吐き続け、それに便乗したのか従うしかなかったのか判らないが他の者も同じ様に罵ってきた。
ルインとしては罵る元気があるのなら、中に入って一緒に調査をしてほしい位だった。
そんな会話をしてると死体の元にたどり着いた。
「どうです?死体の様子は?」
「まだ検査はしてないが、血を出してたのは異端執行官の方だな。」
近くで見た所、血を出していたのは異端執行官の方で其方は俯せに倒れていた。
右腕以外は血が付いていて、唯一無事な右腕は投げ出すように伸ばしており、投げ出した手は握りこぶしを握りながらも血に触れてはいなかった。
「仰向けにします。良いですか?」
「ちょっと待ってください、もう少しで書けますんで。・・・どうぞ。」
地面に死体の位置を書き終えた隊員の許可を得て執行官を仰向けにすると、そこには見知った顔があった。
「・・・お前、此処に居たのか・・・。」
「どうされました?」
「此奴の事を知ってましてね。3日前から昨日の夕方まで俺の家に居候してたんですよ。」
「それは・・・お気の毒に・・・。」
仰向けにした死体はダリアだった。
「別に気にして無いですよ。最初は此奴に襲われましたしね。・・・【構造解析】」
悲しむ時間を惜しみ、構造解析の魔法を使い死体を調べ始めた。
「・・・解析終了。死因は毒煙吸引に伴う呼吸困難と神経異常の合併症による心肺停止。腕と足に縛られた跡がある為、何処かで捕らえられて此処で毒煙を吸引させられたのでしょう。」
「出血の原因は?」
「右内太腿に在る切創ですね。恐らく縄抜けした後に、何らかの方法で太腿を自分で傷つけたのでしょう。」
「自分でですか?」
「ええ。犯人は毒ガスが廻る前に自分も避難しないといけませんから、その後で縄抜けしたのでしょうね。」
「成る程。」
「時間が無いので直ぐにもう1人も調べて、2人共外に運びましょう。」
「了解です。」
そう言ってルインはもう1人の死体・・・ガダルに近づいて構造解析の魔法を使った。
「こっちも同じ症状で死んでます。違いが在るとすれば、こっちは縛られずにそのまま放置した所ですね。」
「了解です。・・・書き終えました。」
「では撤収!【身体強化】」
身体強化の魔法で死体を引き摺り、入り口で合図を送ると扉が開いた。
そのまま2人で出て、直ぐに周辺に浄化の魔法をかけて簡易的な消毒をした。
「安全を確かめたとはいえ、制限時間のせいで生きた心地がしないな。」
幾ら監修したとはいえ、前世にあった物より低品質な事もあって実戦投入の実験台にさせられた気分だった。
「そのまま死ねばいいのに。」
治療師の1人が此方に聞こえるように言ってきたので、ルインは嫌味ついでに仕返しをする事を決めた。
「じゃあ、働いて無い暇人共。工場内の完全浄化ヨロシク。」
「なっ!何言ってやがんだ!!」
「当たり前だろ?調査の為に警邏隊員全員が入れる様にしなきゃいけないんだぞ?俺は中に入って色々したんだ、他はお前等がやれ。」
「・・・チッ!」
肩を怒らせながら離れていく治療師を見ながら、ルインは思考に耽った。
(2人は別々の所で捕らえられて此処に運ばれた。状況としてはあの執行官を先に捕らえてからガダルさんだ。2人共夕方に捕らえる時間帯が在るから其処等辺だろう。)
簡単な状況確認だが今は丁度良かった。
(問題は執行官を捕らえられる程の力量がある事。・・・いや、顔見知りか?それとも・・・)
「あのぅ・・・。」
「・・・ん?如何した?」
もはや顔に出ている程気の弱そうな治療師がルインを訪ねてた。
「その・・・遺体見分を手伝っても良いですか?」
「・・・いや、何言ってんの?こっから先はお前等の仕事だろ?」
ルインとしてはこのから先の遺体の調査は治療院が担当するものだと思っていたので、その事は純粋に疑問に思った。
「いえ・・・その・・・僕、入ったばっかりで浄化も何もできないんですけど、何もできないなりに何かしようと思ったら、凄腕の人に聞くのが1番かなって・・・。」
「あ~、手持無沙汰なりに何かやろうと思ったのね。」
「はい、そうです。」
周囲を見回すと工場の浄化に集中していて、こちらに目を向けている治療師はいなかった。
死体に気になっていた部分もあったので、今の状況は大変都合が良かった。
「じゃあ、頼むわ。お前の権限で、あの遺体の実況見分の許可持ってきて。」
「は・・・はい!」
急ぎ足で警邏隊員の責任者に近づき、ワタワタと身振り手振りを交えた動作で交渉し、話終わりに礼をして此方に向かって来た。
「許可、取れました!」
「有難う、じゃあ書記の仕事を頼む。」
「はい!」
もう一度ダリアの遺体に近づき、見分を始めた。
そしてダリアの違和感の正体が判った。
「・・・やっぱりな。」
「何ですか?」
「右手に何か握ってる。少し手伝ってくれるか?中の物を出したい。」
「解りました。」
ルインがゆっくりと右手の指を開き指を固定し、新人治療師が中の物を引っ張り出した。
「ただの布ですね。あ、血が付いてる。」
取り出したのは血の付いた布だった。
「一部分だけに血が付いてるな。・・・位置的に手の平か?」
手の平を見ると、僅かに血を擦った様な痕が在った。
「何でしょう、これ?」
「・・・君、申し訳無いがこのままにしといてくれ。俺は家からある物を持ってくる。」
「え?ちょっと・・・!」
ルインは新人治療師を置いて医院に戻り始めた。
(恐らくアレが在れば犯人は判る。)
ダリアはアレの説明を受けた為、ソレを利用して犯人の手がかりを残したのだろう。
そして犯人は一度現場に戻ってきて、ダリアが縄抜けしたのを見たのだった。
サリンが充満する中、右手の血をふき取ってそのまま布を握りこませて放置した様だった。
(まあ、犯人が判ってもどうやって毒ガス充満の中、正確に右手の平を擦ったのが判らんが。)
其処等辺は謎だったが、今はとにかくアレが必要だった。
その時だった、
「あの・・・どうなったんですか?」
現場の近くに居たムニンが警邏隊の人に止められながらも此方に話してきた。
「お兄さん、見つけたよ。・・・死体だったけど。」
ルインは正直に淡々と話すしかなかった。
「・・・えっ?・・・嘘・・・ですよね・・・?」
「本当だ。もう少ししたら、お兄さんの遺体に会わせれるようにするから、此処で待ってて。」
「嘘・・・嫌・・・何で?・・・あっ・・・ああ・・・あああぁぁああぁぁぁぁ!!!!」
泣き崩れたムニンを他所に、ルインは警邏隊員に話しかけた。
「・・・彼女をお願いします。まだ危険ですので、現場に近づけさせない様に。俺は家から薬を持ってきますので、帰って来たら入れてください。」
「・・・承知しました。」
現場を離れるまでムニンの泣き声が、ルインの耳に反響し続けた。
切りが良いのでここで切ります。
仕事をしないなら何しに来たんだよってなりますよね。
新人くんなんで来たの?問題
現場研修兼雑用の為に引っ張ってこられました。
そしたら予想以上の事が起きて、蚊帳の外に放って置かれた状態でした。




