8-16
夜、ダリアは教会からギルファ医院への道を歩いていた。
本来なら教会側から仮の住居・・・所謂、デイリーマンションの様な物を仮受けれるのだが、それを拒否して下宿費用を払ってまでルインの元で3日程暮らしてみた。
その報告をしに夕方頃、教会に赴いた帰り道であった。
(あいつは聞いてた異端者とは全然違うな。)
教会が定める異端者は基本的に話が通じないことが多く、その思想も危険思想ばかりである。
だが、ルインは『人を救う』事に関してだけは強固な意志を感じるが、それが無理だと判ると明らかに落胆はする。
だが、それでも救える人間が存在すればそちらを優先する。
話してみても、会話が出来ない位意味不明な事は言わず、逆にこちらの質問を解り易く解説できる知力も備わっている。
だから解らなかった。
何故、こんな人が異端者なのかを。
(教義違反なのは判る。だが、あの治療を考えれば考える程、教会の方が悪ではないか?)
教会が治療者を独占している現状、治療しようとしても教義の関係であのような治療が出来ない。
だが、あの治療をしなければ、あの病気は現状治せない。
その為には教義を変えて治療できるようにしなければいけないが、その為には教会の上役・・・大司教のお歴々を手術に関心のある者に変えなければいけない。
(無理だろうな。大司教様を変えるなんて・・・。)
ダリア自身は謁見した事は無いが、上役は謁見して話をした事を自慢していた。
その自慢話によれば、教義を純粋に守る大変素晴らしい方々らしいが、今のダリアにその話は違う意味を考えさせるには十分だった。
(頭の固い堅物。それも、教義さえ守っていれば幸福が訪れると信じ切っている、狂人の筆頭集団。)
そんな感想が出てくる程だった。
(この街のトップ層を大司教に押す?いや、無理だな。生涯をかけても出来て1人だろう。)
自身がこれからの生涯を、教会のトップ全部挿げ替える為に使ったとしても、変えられるのは1人だけしかおらず、その前に自分が教会から追放の目に遭うのが目に見えていた。
(何だろうな?教会に仕えるのが馬鹿らしくなってきた。)
ダリア自身は教会主導の孤児院に入った後に、何となく恩返しがしたいからで教会に入ったに過ぎなかった。
戦闘技術や潜入技術が認められ異端執行官になりはしたが、正直最初の任務であるルインの異端執行に失敗した時点でこれ以上の昇進は難しいだろう。
(奴が言うには『俺への当てつけに送ってくるだけだから、気にするな』と言っていたが、それでも気にはなるんだよな。)
ダリアがため息を吐いて前を向いた時、ある人物が目に入った。
(あれ?あの人なんで此処に居るんだ?)
異端執行官としてある程度の教会員の動向は貰ってはいたが、あの人がこの場所にいるのはおかしかった。
(何か気になる。・・・後をつけるか。)
気になったので後をつけてみた。
隠形を使って暫く後をつけると、その人は袋小路に入った。
(・・・引くか?いや、屋根の上なら!)
此方の備考に気付かれたと思い、急いで屋根の上に登った。
屋根上に上がった段階で、その人物が此方に向かって来た。
(・・・見つかるなよ。)
その人物は辺りを見回したが、此方を見つける事が出来なかった様で、来た道を戻り始めた。
(・・・行ったか。追跡の再開だな。・・・念の為に屋根上を行こう。)
追跡を再開すると、その人物は王都内の廃工場に入った。
だが、ダリアは知っていた。
(何であの人が此処の事を知ってるんだ?此処は異端執行官の隠れ家だぞ?)
この場所が現役の異端執行官の隠れ家の1つなのを。
(とにかく此処を離れて・・・)
「みぃつけたぁ~。」
さっき迄真下に居たその人物が、いつの間にか後ろに立っていた。
「なっ!」
「駄目ですよ?気を抜いては。それと執行官なら魔法の対策もね。」
下に居た人物が霧の様にもやがかかっていた。
「幻術!?」
「そうです。では眠ってくださいね。」
その声を聴いた瞬間、ダリアは深い眠りに落ちた。
次に目覚めると、其処にはもう1人の人物がいた。
(確かこいつは・・・。)
寝起きなせいで十分に頭が動かなかったが、何とか思い出した。
「おい!おま・・・っ!!!!」
声を出した時に強烈な吐き気と眩暈が起こり、次に胸が苦しくなり始めた。
(これは何だ!?)
「あ、起きてしまいましたか。仕方ありませんね。まあ、苦しんでください。」
声の聞こえた方向から、あの人物が2階にいるのは解った。
だが、何もできなかった。
「無駄ですよ。手足を縛りましたから。・・・まあ、私も長くいると死にかねないので、退散しますね。」
何の説明も無く立ち去った例の人物を見て、縄を解くのを急げば自分も助かる可能性を見出したダリアだが、上手く外せなかった。
(クソが!抜けろ!抜けろ!!抜けろ!!!)
暫く藻掻いていると片手は抜けたのだが、時間をかけすぎてしまったのか急激な脱力感が出てきた。
(これは・・・駄目だな。・・・ハハッ!私の人生もこれまでか。)
この脱力感が死の感覚かと思い、今までの思い出を振り返った。
(何だろうな・・・思い出すのがこの3日間の事だけだな。)
思い出した思い出がこの街に着いてからの3日間だけだったので、自分の人生はこの3日しか無かったような錯覚に陥っていた。
(つまり私はこの3日が自分にとっての1番濃密な時間だったと。・・・ハッ!下らな。)
異端者に負けて捕まり、そいつの恩情で飯を食い、信者に教会の教義を否定され、その真偽を確かめる為に居座り、なぜ奴が異端者になったのかの答えを得ようと監視し、その中で答えらしきモノを得たら自身の人生が終わった。
言葉にすればこの程度だが、終わるとなるとこの3日間がどれだけ濃かったかが解った。
(下らないが、得るものは得たな。)
死の間際になって、やっとルインが異端者になったのかが分かった気がした。
(彼奴は諦めきれないんだ。人としての当たり前を。)
治せるのに治せない。そんな葛藤から道を外してでも救う事にした。
そんな簡単だが難しい事をルインは実践したのをダリアはこの短い間に理解した。
(なら諦めれないな!何とかあの野郎が犯人だと・・・そう言えば。)
この状況にした奴に一矢報いる手が1つだけあった。
(急げ!・・・呼吸は少なく!・・・行動は・・・早く!)
脱力していく体に鞭を撃ち、最後の力を振り絞ってある事をした。
(ざまあ・・・みろ!・・・あと・・・は・・・)
そうして全部の事が終わった時、ダリアの意識が途切れた。
切りが良いのでここで切ります。
ルインは医者の基本に忠実なんです。
ダリアは何したの?
ヒントは前話の最後。