8-11
「おら、食え!何で目の前に出される前から腹の虫が大合唱するんだよ!」
「五月蝿い!黙れ!聞くな!」
「聞きたくなくても聞こえるんだよなぁ。」
襲撃者に朝食を出す準備をしていると、食事の匂いにつられて襲撃者の空腹音が鳴り響いていた。
どうやら相当、腹が減っていたらしい。
「最近の異端執行官はどうなってんだ!?内臓の一部は壊死寸前!飯抜いて大合唱!挙句の果ては襲撃が杜撰で必ず撃退させられる!お前等、何習ってんだよ!?」
「やかましい!!!異端者は執行されてろ!!!」
「死にたくないんで無理で~す。・・・っと、パンも焼けた。食ってろ。」
出したのは目玉焼きとウィンナーとベーコン、ベイクドビーンズに焼きトマト付きサラダと焼いたジャガイモと焼いたバゲット。
所謂、フルイングリッシュブレックファーストと言うイギリスの伝統朝食を、本来はブラックプディングの部分をサラダに変えた、食べやすいメニューだった。
「存外、手際が良いな。」
「一人暮らしが長いかつ、美味しい物が食べたいとなると、結局自炊が一番いいんだよ。味付けは自分好みになるし、失敗しても自分のせいって諦めがつくからな。」
「そんなもんか。」
ルインが飲み水を置いても、襲撃者は料理に一向に手を付けなかった。
どうやらかなり強情らしい。
「・・・食べんぞ。私は。」
「目の前で調理風景視てただろ?塩と胡椒とビネガーオイル以外入ってねぇよ。」
「異端者の作った物など食べん!!!」
「お前、教義違反する気か?これは『施し』だ。黙って食ってろ。」
「さっきは金をとると言ってたじゃないか!」
「気が変わった。家主は俺で作ったのも俺なら、そうする。・・・さあ、どうする?施しを受けるか排すか?」
「・・・受ける。」
そう言うと出された物を食べ始めた。
「中々にえげつないな。教義を逆手にとって無理矢理食わすなんて。」
「不健康児の見本みたいな奴を放っておけないだけだ。気にするな。」
教会の教義には『他人から出された施しは、必ず返す事』と聖書に明記されており、今回は食事をもてなす事で『施し』とした。
だから教義違反で異端者になりたくなければ、食べるしかなかった。
「マムッ、ムモォ!」
「慌てて食べんな。・・・どんだけ食って無かったんだよ。」
「・・・2日、水だけは飲んでた。」
「普通に栄養失調だし、路銀はどうして使わなかった?ふんだくった時は大量にあったぞ。」
「任務が終わったら、全額孤児院に寄付しようと思って取ってた。」
「バカタレッ!!!それで任務失敗してんだから、飯位ちゃんと食え!!」
どうやらこの異端執行官は後先を考えないのか、単純に馬鹿なのか知らないが、自分の事を後回しにしている様だった。
「何か、叱る親と子供みたいだな。」
「こんな子供がいてたまるか。それに、下手したら相手も異端者として処罰されるから、俺に女は作れんよ。」
「勿体ない。それなりにモテるだろ、アンタ。」
「・・・少なくとも俺に好意を向けてるのは1人知ってるな。そういう商売の人だけど。」
「うわぁ、ご愁傷様。」
ケタケタと笑い出したジタンを他所に、ポケットに入れていた呼び鈴が鳴った。
鳴った音から察するに、医院側の入り口が開いた様だった。
「悪い、急患だ。ちょっと行ってくる。」
「貴様、また罪を重ねる気か!?」
「食べ終わったんなら、簡単に後片付け位しろ!そしたら降りてこい。」
馬鹿に時間は取られたくないので、ルインはさっさと部屋を出て行った。
そして委員の受付に来ると、其処にはガンスとガンスの肩に担がれた人がいた。
「ガンスさん、そいつが患者?簡単に症状を。」
「腰が痛いんじゃと。ただ、妙な場所でな。どちらかと言えば横腹ら辺が痛い様じゃ。」
「腰なのに横腹、ねぇ。」
ただの筋肉痛と思ったが、そんな事でガンスが此処に連れて来る訳が無い。
「おい、起きてるか?他に何処が痛い?何があった。」
「・・・小便が・・・出辛い。」
「またかよ!」
どうやらこの患者も尿路結石の様だった。
「また?なんじゃ、同じ様な奴がおるのか?」
「【構造解析】・・・ああ、うん。つい数日前の話なんだが、同じ症状の奴を診て直した。・・・が、此奴とそいつじゃあ、話が違うな。」
「どう違うんだ?」
後ろから声が聞こえて振り向くと、ジタンと例の襲撃者がいた。・・・襲撃者は縛られていたが。
「何じゃ、ソイツ?何で縛られて・・・ああ、異端執行官か。何処破られた?」
縛られている理由を察したガンスは、ルインに仕事の依頼を聞いた
「2階の病室の窓。後で修理お願いします。」
「今日は予定あるから、明日以降になるのう。」
「いや、助けろよ!異端者に殺されるかもしれないんだぞ!あんたそれでも「やかましいわい!」の・・・え?」
「わしゃあなぁ、此奴がおらんかったら助からんかったんじゃ!治療院も匙を投げた病気を直せた奴を処刑する?信者を馬鹿にしとんじゃないわい!」
それを聞いた襲撃者は驚いてはいたが、事情を知っている者は驚きもしなかった。
それが余計に襲撃者を困惑させた。
「で、治るのか?」
「治せる。ただ説明が面倒なだけ。」
「如何面倒じゃ?」
「ジタンさんには説明したが、管に尖った石が詰まってんだよ。今回はかなり大きい。小便だけじゃ出し切れない上に、膀胱炎寸前まで来てる。だから方法は石を砕くしかない。」
「腹を切るのか?」
「切らなくてもいい。俺の開発した魔法で治せる。ただ言っておく。使った魔法が俺以外には何かわからんから、詮索しないでほしい。」
「「「「はぁ!!?」」」」
その場にいた全員が驚いたのも当たり前だ。
新しい魔法を編み出したのに、それを詮索しないでくれと聞かされたのだから。
「この魔法、悪用すればとんでもなく悪用できるし、魔力消費も馬鹿にならんし、俺以外が使うと禁術扱いされそうでな、だから詮索しないでほしいんだ。」
「・・・そう言う事なら、仕方ないのう。」
「いや、納得すんなよ!どういう魔法だ!教えろ!」
「詮索するな、黙ってろ。」
そう言うと、ルインは患者の脇腹・・・結石のある位置に手を当てた。
「【痛覚減衰】、【---:---:-----】。」
ルインが魔法を発動したのは判ったのだが、何を言ったのかが全員理解できなかった。
やがてルインが構造解析の魔法を使ってから脇腹から手を放すと、一息吐いた。
「治療は成功した。痛覚減衰のおかげで痛みはないだろうが、これから血液が混ざった尿・・・血便って言うんだが、それが出る。今すぐトイレに駆け込め。」
「解りました?トイレ何処です?」
「ガンスさん、案内してあげて。血が出ても叫ぶなよ。」
「ほいきた。こっちじゃ。」
患者をトイレに案内する為にガンスが離れると、ジタン達が詰め寄って来た。
「魔法は詮索しないが、これだけは言わせてくれ。公表はしないのか?」
「今は出来ない。危険性の部分をもう少し改良して、安全性を高めたくてな。」
「解った、頑張ってくれ。」
そう言ってジタンは離れたが、襲撃者が移動しようともしなかった。
「何をやった?」
どうやら説明しないと動く気も無いらしい。
「詮索するなと言ったんだがな。・・・説明できるのは体を傷つけずに石を砕いた。それだけ。」
「・・・お前は治療の度に体を切り開くと聞いたが?」
「必要であればやるだけだ。あの場合はやらなくても良いと判断した。」
「・・・正しいんだ?」
「あん?」
「何が正しいんだ?教義を守っていれば救われるはずなのに、教義に従うと死んで、従わなければ生きる。何を信じればいいんだ?」
言葉は違ったが、それは過去にマグヌス達が自分が辞める時に吐露したのと同じ言葉だった。
「・・・答えは自分で見つけろ。見つけて理解した時に、成長できるんだからな。」
だから同じ様な言葉を送った。
切りが良いのでここで切ります。
ブラックプディングが簡単に手に入ってたまるか。(調べればわかりますが、かなり面倒な作業をしないと製品に出来ません。)
どんな治療したの?
尿管結石って自然に出す以外にもやり方があるんですよ。
そっちのやり方です。