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「結局、無駄足だったか。」
「隊長、そう決めつけるのは早いですよ。」
地下にあった謎の部屋を見つけた後、ジタン達は他の隊員を呼んで現場検証を行っていた。
だが、目ぼしい物は現在発見されなかった。
「ルインさん、アンタはどう思う?」
「この部屋で作ってたのは確かだと思う。そうじゃなきゃガダルさんの病状に説明が付かない。」
「そうだよな。」
ガダルの症状は倦怠感と軽度縮瞳の2つで、これはサリンを軽く吸った時の症状の内、もっとも症状が出やすいモノであった。
「そうなると結構、不思議な事が残るんだけどな。」
「不思議な事ですか?」
「まずガスマスクやボンベ無しにどう毒煙を作ったかだ。軽く吸っただけで倒れこむ様な毒を、何の対策も無しに生成できる訳が無い。」
「自分達で対策を作ったんじゃないですか?」
「こんな閉鎖された地下室でか?仮にマスクもボンベも作れたとして、神経毒だから煙が目の隙間や耳の穴から入っていったら駄目なんだぞ。」
ルインの言う通りサリンの特性上、防護服の様な物が無い場合は体の隙間から毒が入り、短い時間で症状が出てしまう。
空気の逃げ場が1ヵ所しかないこの部屋で生成してしまえば、そこにいる生成者にも実害が出てしまう。
なのに実際の被害はガダル1人しかいないのは不思議だった。
「第2に、生成した毒をどうやって安全に運び出した。毒煙だぞ?其処ら辺の空気をどうやって袋に閉じ込める?仮に魔法で包んだにしても、長時間包める訳じゃない。」
実際にはサリンは液体なので密閉容器さえあればいいのだが、腐食に強いガラスでさえ腐食させるので、こんな世界にガラス以上の腐食耐性を持つ密閉容器を、ルインは知らなかった。
「アダマンタイトはどうです?あれなら密閉できそうですけど。」
「アダマンタイトは毒の腐食に強いのか?どの位だ?」
「ええっと・・・確かヒュドラの毒は耐えられませんでした。」
「・・・ヒュドラの毒がどれだけ強いか判らんが、仮に密閉できたとしても、漏れる可能性が在るのなら安全じゃ無いだろ。」
「あっ、そっか。」
「そう言う事。・・・第3にそんな危険物をどう持ち込んで、どうやってこの地下室を作ったかだ。」
「普通に複数犯ですよね?」
「複数人いたとして、被害が全く無いのがおかしいんだよ。複数なら全員が作り方を解ってる筈なのに、実際の被害はそんなにないんだろ?」
「確認できてるだけで事件発生4ヶ月で、同様の死者が3人です。」
「毒煙生成の実験段階にしろ4ヶ月で3人は複数犯にしては少なすぎる。なら単独犯って事になるが、その場合この地下室をどう作った?1人で出来る作業じゃないぞ。」
「かなり広いですもんね、ここ。」
此処の地下室の中は広く、機材無しで人だけを詰めるなら15人は入れそうな程広い。
そんな空間を1人で作るには途方もない時間と労力が必要であった。
「他にも細々とした疑問はあるが、大体今の3つが不思議な事だな。」
「成る程。・・・ご協力、感謝します。」
ロックが何かを書き終わると、そう言ってきた。
「気付かない様にしてたんだが、何を書いてたんだ?」
「調書です。書くでしょ、普通?」
「・・・一応俺も被疑者なんだが、大丈夫か?」
「被疑者だからですよ。何か事件に関係あるなら記録しますよね?」
「それもそうか。」
調書を書く際の当たり前を言われて納得したルインは、部屋をもう一度見回した。
広い部屋なのはそうなのだが、部屋を見た時から何か違和感の様な物が在った。
(何だろうな?何かが噛み合ってない様な気がするんだよな。)
手術で術野を広げた時に他の病気が進行しているのを発見した時の感覚がこの部屋に入った時にあった。
(巧妙に隠されてるのか、それとも思い違いか。・・・どっちだ?)
中に入って確かめたいが、現場検証中の為、一般人且つ被疑者の自分がこの中にはいるのを躊躇わせるのには十分だった。
「ルインさん、どうしました?そんなしかめ面して?」
ロックがルインのしかめ面を見て、怪訝な顔でこちらを窺ってきた。
「いや、この部屋を見た時から変な違和感が取れなくてな。直接調べれば判るんだろうが、被疑者が現場検証中に中に入る訳にもいかんだろ。」
「・・・隊長、どうします?」
「治療の為に観察眼が高いんだ、俺等じゃ気付かない事もあるかもしれん。・・・頼めますか?」
「その言葉は入室許可と取るぞ?」
「お願いします。・・・お前等!聞こえてたな!」
疎らな返事が返って来た事を確認したルインは、部屋に入った。
中心まで進み、各壁を見回すと、部屋奥の壁に違和感があった。
その壁を調べてみると、かすかにだが魔力の残滓があった。
「【構造解析】。」
「ちょ・・・何やってんだ!」
違和感の正体を確かめる為に、問答無用で構造解析をかけた所、壁の向こうに空間と何かの物体の反応があった。
「この壁、風化の魔法で偽装されてるが、真新しいぞ。」
「え?」
「だから構造解析の魔法を使ったんだが、この奥に押し入れの様な空間がある。誰か掘れるか?」
「自分、土属性の魔法が得意です。やりましょうか?」
「頼めるか?ここから・・・此処まで。上は2メートルで奥行きは5センチでくり抜いてくれ。」
「解りました。」
隊員の1人が魔法で壁をくり抜くと、その奥に押し入れの様な空間が現れた。
「グゲェ!ゲェェェ!!!」
そこにあった物を最初に見た隊員が、盛大に吐いた。
そこには血まみれで腐りかけの複数の遺体と壁一面に血と争った跡があった。
そんな惨状を目にしながらも、ルインは発見された遺体の見聞に集中した。
「遺体の損壊が酷いから死因は何とも言えんが、生きたまま此処に閉じ込められて何日も放置されたんだろう。ここを出る為に壁を何とかしようとしたが、誤って同じ状況の人を殴って乱闘。最後の1人も壁が壊れないうえに暗闇と飢餓で発狂。恐らくだが、ガダルさんの聞いた物音の正体はこれかな?」
「よく・・・冷静で・・・いられますね。」
「気合と根性と慣れだ。頑張れ。」
こんな遺体に慣れていない隊員を鼓舞しつつ調べると、嫌な物を発見した。
「死体は教会員だな。トゥニカの切れ端があった。」
「恐らく教会が秘密裏に作った工作員の隠れ家だな。」
「その可能性が在るだけだが・・・厄介だな。」
事件が大掛かりかつ、無茶な難問が目の前に現れた。
切りが良いのでここで切ります。
そりゃあ・・・ね。(実際の権力ある宗教組織が面倒なのは判りますよね。)
如何面倒なの?問題
次話で書きます。