8-7
今朝の出来事から、ルインは何とか時間を作ろうとはしていた。
「お大事に~。・・・次の方~。」
だが、午前中は出来そうも無かった。
医院を開けて1人目の患者を治療した後、引切り無しに患者が来続けて、時間の捻出なんかできる訳が無かった。
(商売的には良い日なんだが、此処での治療は公然の秘密なんだけどな~。)
別に行列が出来ているの訳では無いので怪しまれてはいないのだが、『医院』と言うこの世界では存在しない単語を使っている以上、内情を知らない人が見たら怪しまれる事請け合いだった。
「え~っと・・・ガルドさん。何処が悪いんでしょうか?ここには体中が痛いとありますが・・・。」
「そのまんま何ですけど。」
そしてこういう時に限って、意味不明な病状で来院する患者が多かった。
「体中が痛いと言いましても、具体的にどう痛いとかどの部位が痛いとかを言って貰わないと時間の無駄の可能性が出てきますので・・・。」
「そんな事言われましてもねぇ・・・。痛いのは全身で、どう痛いのかって言えば・・・全身が殴られたような痛み?って言うんですかね。」
「あ~成る程。では、昨日何をしていました?恐らく仕事が原因で痛みが出たのでしょうが、その原因に何が在ったのかを知りたいので。」
問診を行なってもこんな反応なので、正直に言えば同じような症状なら全員帰らせたいのだが、何処に何が在るか判らないのが人間の体。
少しでも病状があれば治療したくなるのは悪い癖なのだろうなと、ルインは思った。
そんな患者を朝から何十人と捌き続けていると、他の患者とは毛色の違う患者が来た。
「廃工場に行ったら気絶した?」
「はい。2週間前の事なのですが、近所の廃工場から変な物音が聞こえて来たので見に行き、中に入ったら急に苦しくなって気絶したんですよ。それから体中がだるくて・・・。」
患者の名前はガダル=フィックス。提出された紙面通りなら24歳の左官職人との事。
病状は先程言った通り、全身の倦怠感なのだがその原因が廃工場に入ったら気絶して、そこからずっと倦怠感が付きまとっている様だった。
「治療院には行きましたか?」
「だるさを自覚した時に1番最初に行きましたよ。下級の人に治療してもらったのですが、それでもだるさが取れなくて・・・。」
どうやら治療院でもこの倦怠感は取れなかったらしい。
「ただの倦怠感じゃないですね。一旦、そこのベットに横になってもらえますか?体を調べたいので。」
「解りました。」
ガダルが診察台に横たわったのを確認したルインは構造解析の魔法を使った。
(さてさて・・・倦怠感に軽度の縮瞳ね・・・待て。)
縮瞳を発見した事と倒れた場所が廃工場だった事で頭の中で嫌な予感がした。
「もう一度聞きますが、貴方は2週間前に廃工場に入ったら気絶したんですよね。」
「そうです。」
どうやら『当り』の様だった。
「・・・実は今、治療院と警邏隊である殺人事件を追っているのですが、その事件の死体に貴方と同じ特徴がみられます。」
「何で貴方がそんな事を知ってるんですか?」
「私は諸事情で辞めた元治療院所属の者でして、検視や病状診断には自信があるのですよ。そこで現医院長のマグヌス様に呼ばれて検視をいたしました。」
それを聞いたガダルは納得した様だった。
「実はある理由で捜査が難航しているので捜査協力をお願いしたいんですよ。体は治療しますし、お金もそれなりに値引きしますので。」
「捜査協力ですか?」
「はい。この後しばらく私にお付き合いください。警邏隊の人と一緒にその廃工場に行きますので、廃工場の場所を案内してほしいんです。」
「解りました。」
「では、受付でお待ちください。少なくともあの数を全部捌かないと、店も閉めれませんので・・・。」
「・・・ですね。」
ガダルも受付にいた人数を思い出し、かなりの時間を拘束されることを悟った。
「で、昼休みになるまで被疑者兼患者を拘束してたと。」
「すまん、ジタンさん。まさかこんな時間まで掛かるとは思わなかった。」
結局は昼休憩に入るまで患者が引切り無しに来て、昼休みを返上してジタン達と件の廃工場に来ていた。
「自分の店の価値を見直しましょうよ。低価格で完璧に治療するって、結構有名なんですから。」
「俺が聞いた噂は、治療の為に切り刻まれるって物だったんだがなぁ・・・。」
「何年前の話です、それ?」
「聞かないでくれ。・・・それより此処かな?」
「あっ、はい。そうです。」
「ふ~ん・・・。」
廃工場の見た目はその通りなのだが、誰でも判る違和感があった。
その違和感をラッセンが指摘した。
「何で窓が全部嵌め殺しになってんだ?あり得ないだろ。」
工場によっては危険がある為、窓を簡単に開けられない様にするが、窓を開けられない様にする嵌め殺しを入れる様な工場なんてほぼ無い。
だからこの工場はかなり怪しかった。
「其処ら辺は後にしましょう、それより中だ。」
鍵が壊された扉を開けると、埃っぽい匂いしかしなかった。
「何にも無いですね。確かに此処から物音が聞こえたら怪しいですね。」
「なら何処から物音なんてしたんだ?話では6年前に閉鎖されてたんだろ?」
後ろで可能性の話をしている隊員を後目に、ルインは工場の中を見回すと、ある1区画に目を付けた。
その区画だけ他より真新しい埃が堆積し、明らかな違和感があった。
「・・・此処だ、来てくれ。」
「何かあったのか?」
「此処だけ真新しい埃な上に、少しだけだけど風を感じる。地下室の入り口だと思う。」
「・・・何処にも取っ手が無いな。どうやって開けるんだ?」
「【魔力腕】。」
ルインが魔法を唱えて腕を振ると、地面が浮き上がり、階段が現れた。
「その魔法、そんな使い方があるのか。」
「便利な副椀だと思った方が良い。腕と上手く同調させれば隙間から物を操れる。」
魔力で透明な腕を作る魔法だが、魔力で操るだけなので全く物を持ち上げれないのだが、ルインは正確に自身の腕をイメージして自分の腕と同調させて操っていた。
「さて、下はどうなってるかな?」
「ルインさん、貴方は此処まででよいのでは?」
「例の毒煙なら俺がいた方が良い。扉があったらその場で浄化の魔法をかけるから、かけ終わったら中に侵入してほしい。」
「・・・解りました。ロック、ガダルさんと此処に居てくれ。通信機に反応があったら2人で脱出。その後に治療院と各警邏隊から応援要請を頼む。ラッセン、俺と来い。ルインさんの警護を優先してくれ。」
「「了解。」」
「じゃあ、行くか。」
ジタンを先頭にして階段を暫く下りて行くと、扉があった。
取り決め通りルインが前に出て魔法の準備をすると、2人が身構えた。
「準備は良いか?始めるぞ。【構造解析】・・・【浄化】。」
まずは扉の向こうの構造を軽く解析して、向こう側の大きさを調べた。
(無駄かも知れんが、やらないよりマシだろう。)
解析の結果から算出した嫌な予感は在ったが、意図的に無視をして扉の向こう側を浄化した。
そして浄化を掛け終わり、腕を下ろすとジタンが勢いよく突入した。
「動くな!!!警邏隊・・・マジかよ、クソッタレ!」
だが、扉の向こうには何もなかった。
切りが良いのでここで切ります。
そりゃあ2週間もあればね。
仕様魔法説明
魔力腕・・・系統外の魔法で魔力で腕を作る。物体を動かすには腕の正確なイメージが必要。