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ライルは自分が知らない部屋で目覚めた。
「・・・ここは?」
「目が覚めたかのう?・・・ええっと、これを押すんじゃったな。」
目が覚めたライルの近くにいたガンスがその近くにあったボタンを押した。
「ガンスさん、それは?」
「『呼び鈴』とか言っとったのう。これを押すとこれの対になるベルが鳴る簡単な魔道具じゃ。」
「便利ですねソレ、一般の家とかに付けれませんかね?」
「簡単じゃが魔道具だからのう、一般家庭にはちょっとお高いわい。」
「残念です。」
そうして、しばらくするとルインが扉から顔だけを出してきた。
「おはよう、ライルさん。手術は無事に成功したよ。申し訳ないがまだ忙しいんだ。しばらくガンスさんと横になりながら話しててくれ。次、来る時は嫌な話もしなきゃならないからな、それじゃあ失礼。」
言い終わってすぐに扉を閉めて、去っていった。
「治療院程じゃないんでしょうが忙しいんですね、ココ。」
「これでも少ないくらいじゃな。治療院以上の腕で治療費は安い。規模が小さい上に、あまり腕の事が言えないせいでこれで終わっとるんじゃ。」
その言葉に疑問ができたライルは知っているであろうガンスに聞いた。
「なんであの腕前の事が言えないんですか?」
「・・・おぬし、治療院の運営母体を忘れたか?」
「正教会ですね。知ってますよ。」
大陸にある正教会は各国に主要宗教として根付いている。そこが治療院の運営母体だった。
「なら、正教会の教義は覚えておるかのぅ。」
「『汝、無垢にして身綺麗な姿で生きよ』ですよ・・・あ。」
「思い至ったか。『治療』事態は身綺麗の為に許されておる。だが、奴のやった『手術』は治療の為とは言え人を傷つけておる。教会の理念違反なんじゃよ。」
正教会のこの教義の意味は、大雑把に言えば『罪を犯すな!傷つけるな!』と言う者だった。その範囲が馬鹿デカ過ぎたのだ。治療とは言え他人の体を傷つける手術は、教義で言えば違反行為だったのだ。
「ノインの教義違反の最初の患者はワシじゃ。ワシは不治の病・・・確か『ガン』とか言っとったのう、治療院ではどうも出来ないと言われたワシは絶望したよ。」
あの時程、神を恨んだ事は無いと言ったガンスは、しみじみと語り始めた。
「ルインはその時の治療師の隣におったのじゃ。帰る時に話しかけてきてのう。『俺なら治せる。やらせてくれ』と言ってきた時は頭がおかしいのかと思った。」
そうしてルインの説明を聞いていると、治療院の職員としては画期的な事を提案してきたのだ。体を開いて病巣を切り、そこから魔法で治療する。緊急事態に備えて魔法薬を準備する、そこまですれば助かると言ってきたのだ。
「どうしても生きたかったワシはそこに賭けたのじゃ。そして、初めての手術の結果は、この通り成功じゃったよ。じゃが、ワシが起きた時には、奴は異端審問にかけられていた。」
後で聞いたら、手術中に同僚がその事を発見し、同僚が上司に報告してルインを異端者として審問にかけられていた。
日頃から優秀だったルインの粗探しをしていたその同僚の執念が実を結んだ瞬間だったのだ。
「助かったワシは、すぐに審問の中止を申し付けようとしたが、悪魔に魅入られた者として聞き入れられなかったのじゃ。」
「じゃあ、なんであの人、生きているんですか?異端審問ならほぼ死刑が決まってますよね?」
異端審問は基本的には裁判とは呼べない物だ。どんなに白くても処刑で終了と言う物だから誰も教義違反をしたくないのだ。だが生きているという事は相当な権力が動いたと言う事だ。
「・・・国王陛下じゃよ。」
「へ?」
「陛下が助けたのじゃ。この腕を無くすのは勿体ないと言ってな。」
そう、国王陛下が大陸一の宗教に喧嘩を売ったのだ。
「おぬしの年齢なら知っておろうが、ご病気の陛下がいきなり元気になった原因は先生じゃよ。ワシと同じ病気だった陛下は、同じように手術を受けて助かったのじゃ。その恩賞として、破門の後に此処で仕事を始めたのじゃ。」
さすがに大国の国王陛下を治療した実績者を、異端だから処刑はそのまま国王陛下の批判に繋がりかねなかったので破門だけになったのだ。
「そんな事があったんですね。」
「ただ、陛下もできない事があった。さすがに治療院だけなら敵に回せたが正教会全体を敵に回せなかったのじゃ。だから、ここの事はこの国では公然の秘密で、その技術も奴以外は禁止になったのじゃ。」
偶にお忍びで城下に出てきている陛下は、飲み友達になったガンスの前で忸怩たる思いを吐き出していた。『あれの技術は伝授してこそ輝く、いつか正教叩きのめしてやる』と、かなり危ない事を言っていた。
「こんなすごい技術が一代だけなんて・・・そう考えると教義がゴミに見えますね。」
「まあのう、じゃからワシは此処に来るのじゃ。あやつが飢えんようにな。」
そう誇らしげに語ったガンスは、次の瞬間に少し嫌そうな顔をした。
「じゃからあんな事は、やめてほしいのじゃがな。」
そう小さく言った。
「何か言いました?」
「何も言ってないわい。」
そんな一幕の後に、ルインが魔力を発する羊皮紙を持って現れた。
「やっと、こっちに来れたよ。ライルさん、調子はどうかな?」
「結構いいです。多少はだるいですが。」
「そのだるさは、手術の後遺症かな。一時的な体力低下だから数日後には元に戻るよ。と、言うわけでコレ。」
そうして羊皮紙を差し出してきたルインは説明を始めた。
「内容を簡潔に言うと、君は俺に治療費として金貨1枚の借金、返済期間は払える時に払う、延滞料金は無し、返済期限は俺か君が死ぬまでに払う事。以上を魔道契約として認証するって物。これでできそう?」
魔道契約とは、契約を結んだ者はその契約内容の遂行をするまで縛りが発生する物だ。内容によっては、必ず課される物のせいで破滅する事がある物だった。
「金貨1枚・・・これでもちょっときついかなと思うんですが。」
「誰も一括で払えなんて言って無い。合計で金貨1枚だから分割には対応してるよ。」
「ワシの時もそうじゃった。まあ治療費はこの建物を、こやつの要望通りに作る事だったがな。」
この医院の建築秘話を聞いて、そんなにきつい縛りでは無いと知ったライルは答えた。
「・・・判りました。これで契約します。」
「決まりだな。ココにサインして。」
そしてサインしたライルにルインは聞いた。
「・・・そう言えば、手術前にさ、死ねない理由があるって言ったじゃん。あれって何?」
「関係ありますか?」
「嫌、無いけど、・・・俺の事をキチガイって言ってきたのに、その方法を受け入れるほどの理由って何かなと思って?」
「好きな人がいるんですよ。その人と結婚するまで死ねなくて。」
「恋かぁ、いいねぇ。成就する事を祈ってるよ。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
そして、ライルは治療院を去った。この時の事をルインが後悔する日は近かった。
切りがいいのでここで切ります
何気にルインの裏仕事に薄々気付いているガンスさん
その事は息子のビルドにも伝えているが言いふらさないようにしている。
正教会について
大陸最大の宗教で何気に国もある。
ロイズ国王は教義を変えさせる為に侵攻のきっかけを何年も探してる。