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結果だけ言えば契約は締結し、ダロン鍛冶店は新しい販路を手に入れた。
「では、これからもよろしくお願いいたします。・・・しかし大丈夫ですか?鋳造とは言え、剣と槍の穂先と鉄製バックラーを各300個、納期2ヶ月なんて。」
だが、初期契約としてはかなり無茶な契約をした。
「大丈夫ですよ。今は重要なのも特急な仕事も無いですし、少しはお金を稼がないといけませんし。」
「ですが、個人経営の工房でこの数は・・・。」
「・・・問題ない。」
「当人もこう言ってますしね。」
鋳造品は鋳型を作る作業が辛いだけで、鋳型を量産してしまえば後はどうにでもなる。
「・・・多少、イカサマ、許容。」
「あら?あれをやるの。」
「・・・短縮。」
「ええっと、何をやるのでしょうか?」
「魔法で複製しちゃうのよ。」
「なっ!・・・そのような方法があるのですか!」
「・・・魔法、違う。錬金術。」
「凄いんですよ。材料さえあればやれちゃいますから。」
ミュリアの説明では作った物と必要材料さえあれば、それをそのまま完全複製できる錬金術を行なう様だ。
「そのようなモノを何故、他の鍛冶師はしないのでしょう?」
「・・・問題、多い。魔力、馬鹿食い。頼りすぎ、腕、落ちる。」
「あ~成る程。確かに腕が落ちるのは考え物ですね。」
確かに便利な錬金術なのだが、まずこの錬金術はかなりの魔力を消費する。
タイレルの魔力量で一般的な刃渡り90センチの剣では、1日に10本も作れればいい方の魔力を消費し、その後の鍛冶仕事に差し支えが出来る程消費が激しい。
また、完成品のコピーの為、こればかりに頼り過ぎると鍛冶の腕が落ちて、新規製造の際に技術不足等の弊害が起きてしまう事がある為、よほどの緊急でなければ鍛冶師はこの錬金術を使おうとはしない。
「それでも今回は使ってもらえるのですね。何故ですか?」
「・・・自分、認識不足。行商先、大変。」
「・・・そう言ってくださるだけ有難いです。」
「他の鍛冶師さんにも頼んだんですよね?その人達は?」
「・・・我々の行商先に卸すような武器を作りたくないのか別の理由があるのかは知りませんが、かなり粗悪な物を寄こしてきたんですよ。しかも、依頼料の値上げに納期の滞納迄やってそんな物でしたから、こっちから願い下げにしてやりましたよ。」
「・・・南区、鍛冶連合会長、謝罪。」
「いえ、謝らなくても良いですよ。悪いのはそいつ等であって、貴方では無いのですから。」
そう言ったムーアは苦笑いをしながら頬を指で引っ掻いていた。
「まあ願い下げにした後、その鍛冶屋達が経営不振で潰れたのは不幸中の幸いです。・・・一応言っておきますが、我々は手を出していませんよ。そんな伝手も資金もありませんしね。」
「・・・解っている。短い時間、貴方、善人。」
「そうでも無いですよ。商人として必要なあくどい事はしていますから。」
「あらあら、怖い人。どれだけ優しいあくどい事なんだろうねぇ。」
「言えませんよ、それは。」
しばらくの沈黙が流れたが、突如3人共笑い出した。
「あ~、笑った。・・・きっとその人達は旦那がやろうとしている方法だけが取り柄だったんでしょうね。」
「・・・錬金術、欠陥、在る。品質、落ちてく。」
件の錬金術には便利な一方、腕前の低下以外にも欠陥があり、元になった物が徐々に劣化していく為、何度も使っていると品質が落ち続ける羽目になる。
「・・・打ち直し、必要。便利、過信、駄目。」
「成る程。鍛冶師達がその錬金術をあまりやりたがらない理由が分かりました。」
「旦那も本当に数を作るだけの時しかしないんですよ。それのせいで何回良い契約を反故にしたか・・・。」
「・・・すまん。」
「大丈夫ですよ。『納得できる良い物を作る』そう言って何時も鍛冶と向き合ってるんでしょ。多少はお金が欲しいなと思いますけど、仕事が嫌になるのはもっと駄目ですから。」
「・・・気遣い、有難う。」
「甘いな~。口の中から砂糖が出そう。」
「おだてても何も出ませんよ。」
そうしてムーアが外を見ると契約の話をしている時より日が落ちていた。
「どうやら話し込み過ぎましたね。ではお願いいたします。」
「・・・承知。」
「解りました。」
席から立ったムーアが手を差し出してきたので、タイレルは自然と手を握った。
切りが良いのでここで切ります。
皆さんお忘れですが、『ほぼ手作業』で2ヵ月3種類各500個ですからね。
複製錬金術について
作中でも一部書きましたが複製する元本とそれに応じた材料と錬成陣があれば複製できます。
ただ、元本は徐々に劣化していく為、やり過ぎるとどんどん質が低下していきます。