6-17
「よくもやってくれたわね。ただで済むと思うなよ。」
ダストン達の進行方向から現れたパインは現場の状況を見て静かにキレていた。
「どう、ただですまないと?」
ダストンは余裕の表情を崩さずにそう言った。
正直な所、数では有利だし、モザンの腕前も見た為こちらの方が俄然有利だからだ。
「あんた等が結託してんのは最初から知ってたの。別においたが過ぎなければ、そのままこの街から消えてもらってもかまわなかったわ。」
「でしたら、そこを退いていただけませんかね?そうすればお互い傷つかなくて済みますよ。」
「そうしたかったんだけどねぇ、其処のえっと・・・そうそうモザンだっけ?そいつがこの街の『オークション』規約の違反をしたの。だから現在粛清対象なの」
「おんやぁ?あっしがどういう風に違反したんで?」
モザンは飄々とした態度を取った。
何処から見ていたかは不明だが、少なくとも華奢な女に自分が殺せるとは思わなかったからだ。
「・・・『オークション』の説明を聞いてなかったの?」
「ええ、何処の街でも一緒だと思いましてねぇ。少し眠かったんで舟をこぎましたのさぁ。」
モザン自身、流れに流れて色んな街で『オークション』に参加していたが、何処の街でも言葉は違えど同じ様な内容だったので、自然と聞き流すようになっていた。
「うちの街ではね、別に対象を逃がしても良いの。場合によってはあそこの住人、全員を敵に回す可能性が在るから。」
そう言って指差したのはロイエンタール中央にある王城だった。
「ダストンさんは知ってますよね?王や王子、果ては妃まで街にお忍びで出る事があるのは。」
「ええ、まあ。」
「あの人達てカンが鋭いんですよ。御かげで何回かバレかけまして、できるだけ密偵を配置するようにしたんですけど、それでもバレる危険があるのならこの街からいなくなれば良いと思いまして、街からわざと逃亡させるようにしてるんですよ。」
「そいじゃあ、あっし等は御咎め無しじゃ無いんですかい?」
モザンの言い分は理解はできる物だった。
『オークション』の規則の上で対象の逃亡が許されているのなら、自身が粛清対象になっている事が可笑しかった。
「でもね、その代わり密偵殺しは粛清対象なの。ちゃんと話を聞いてたら、あんた等は無事に無傷でドアズの仕事を完遂できてたのよ。」
そう言いながらパインは1歩踏み込んだ。
それを見たモザン達が臨戦態勢を取った。
「密偵1人育てるのに何年かかると思てるのかしら?そんなんだから、あのゴミ屑の下にしか集まれなかったのよ。」
「このくそアマ!ゴアズさんを馬鹿にするんじゃない!」
「イッヒッヒ、死んでくださ~い。」
パインの挑発に、モザン達と一緒にいた2人が魔法を唱えだす。
魔法の気配を感じたモザンが素早く踏み込みの体制に移行し、ダストンも懐のナイフを取り出そうと手を入れた。
だが、全員が迎撃態勢に移行したその一瞬の隙に、パインがその場から消えた。
(はぁ?何で消え・・・。)
ダストンはいきなり消えたパインを捜そうと首を振ろうとした時だった。
「あたしの目の前で、何悠長に魔法を唱えようとしてるのかしら?」
自分の後ろからパインの声が聞こえてきた。
急いで振り返ったダストンは驚愕した。
魔法を唱えようとしていた2人の顔を片手で掴み、そのまま釣り上げていたのだから。
「そう言えば貴方達の暗殺の依頼が入ってたのよねぇ?如何しようかしら?入札者が違反したし・・・ウ~ン・・・。」
釣り上げられた2人が必死に藻掻くが、まるで何も感じていない様に悩み始めた。
「よし、決めた!」
そう言ったパインは指に力を込めた。
釣り上げられた2人がさらに藻掻き始めたが、次の瞬間には顔が握り潰された。
「あんた等全員、依頼通り殺すわ。」
顔が握りつぶされた死体を地面に放り、後ろに振り返ったパインはの顔は笑顔だった。
そのまま太腿のホルスターから鉄扇を取り出した。
「あんさん、逃げな!あのアマさんはあっしが殺す!」
そう言ってモザンが踏み込みの体勢を作った。
「どうせあっし等の前に現れる前に身体強化の魔法を使ったんだ。そうじゃなきゃ今のは説明がつかんでしょ。なら、同じように身体強化したあっしなら対応できまさぁ。だから逃げな!」
「・・・すみません。」
「良いって事よ。あっしが踏み込んで数撃やったら、おもっきし行きな!」
その言葉と共にパインに踏み込んだモザンは、先程と同じ曲芸抜剣をおこなった。
その抜剣をパインは1歩後ろに飛び、余裕で躱した。
(そりゃあ見てたんならそうするでしょうね。だけどこれなら!)
モザンは振り切りを途中で止め、逆手だったのを順手に変えて逆袈裟を仕掛けた。
それに反応したパインは剣の軌道線上に鉄扇を置き、両手で鉄扇を支えた。
(馬鹿かい!?そんなちっこい鉄の棒で何が出来んだい!そんなもんで受け止めれる訳無いだろ!仮に受け止める事が出来ても、同じように身体強化魔法を使っているから、押しこみゃあ切れる!)
モザンはもはや殺したと思った、
「【身体強化】」
その言葉を聞くまでは。
言葉を聞いたモザンは驚愕したが、勢いが止まる訳が無く、そのまま鉄扇に当たった。
そして真っ二つに折れた・・・自身の剣が。
(は?・・・何でぇ?)
思考が驚愕一色に染まったせいで体が流れ無防備になったモザンに、パインは無防備な頭に鉄扇を振り落とした。
鈍い音と肉が拉げる音が同時に響き、モザンの頭がVの字にへこみ、勢いが殺せなかったのか頭が胸まで陥没した。
そして、逃げるタイミングを計る為にまじまじと見つめていたダストンは恐怖に染まった。
だから自然と理解の出来なかった内容が言葉に出た。
「あんた・・・身体強化の魔法・・・。」
「今、初めて使ったのよ。」
平然とした態度でパインはそう言い放った。
「あり得ない・・・人の頭を握りつぶすのに、どれだけの握力がいると思ってるんだ!」
「貴方には関係ないでしょ?これから死ぬんだから。」
「それに何でそんな短い鉄の・・・」
もう一度鉄扇をよく見たダストンはその鉄扇の色合いが気になった。
全体的には金の色合いを出しながら、金ではありえない鈍い光沢を放っていた。
そして自分の中の知識から、その金属の解答が出た。
「オレイ・・・カルコス・・・?」
「あら、知ってたの?コレの材質?正解よ。」
それを聞いたダストンは反射的に後退りながら叫んだ。
「この・・・化け物がぁ!!!!」
そう言われたパインは鉄扇を片手で広げ、顔を半分隠した。
「あら失礼ね。こんな華奢な人に向かって化物なんて・・・お姉さん、悲しい。」
「何がお姉さんだ!化け物!近づくな!」
「さっきの言葉、聞いてなかったの?」
そう言ったパインは消える様な速度で踏み込み、ダストンの首筋に鉄扇を横薙ぎに払った。
願い違わず吸い込まれた鉄扇はダストンの首を両断。
踏み込みの勢いを殺す為に優雅に1回転した頃には、ダストンの頭が宙を舞っていた。
「貴方達に殺しの依頼が入ってるの。逃げられる訳無いじゃない。」
ダストンの頭が落ちたタイミングで鉄扇を閉じ、ホルスターに仕舞うと御婆の方に歩き始めた。
近くに寄って傷を見たパインは、その傷が助からない程深いのを悟った。
「ごめんね。あたしがもっといい作戦を「勝手に殺さんでくださいな。」ずに・・・へ?」
平然と上体を起こした御婆にパインは驚愕した。
「何で?」
「この傷、偽物ですよぅ。」
御婆は服の中から赤く染まった大ぶりな豚肉や鶏肉の塊を取り出した。
「肉はこれ、血は血糊でやり過ごしてたんですよ。まあ、あの剣技に驚いて、肌が少し切れちゃいましたがね。」
「もう!可愛くない。」
「ほっほっほっ、老獪の婆なんてこんなもんですよ。」
そうして平然と立ち上がった御婆はパインに言った。
「では、暫く暇を貰いますね。そうですねぇ・・・5日程貰いましょうか。傷の回復もありますし、ゆっくり羽を伸ばしますよ。」
「解ったわ。ゆっくり休んでね、御婆。」
「あい、解りました。ではシエナ=ファル・ムジカ休息前のひと仕事をしますか。」
そうして御婆・・・シエナは暗殺の後処理に入った。
切りが良いのでここで切ります。
御婆の本名公開が此処までずれてしまった事は反省ですね。
パインの特性について
次話にかきます。(これが書きたかった本題ですしね。)