4
ギルドから出て、行く当てもなく街をさまよう。
「まいったな…。出来ればギルドで冒険者の登録をしたかったんだけど。」
なんせ今の所持金はゼロ。おまけに装備も何も揃っていない。本来であれば、ギルドに登録すれば初期装備を一式貰えるのだが、あの話を聞いた後ではそうもいかない。あのまま登録を続けても良かったが、『強欲の烙印』を持つプレイヤーとして教会に認知された瞬間、捕まるのは時間の問題だ。
「ゲームでこんなことってあるのか…? それにこのリアルすぎる風景も…。」
ぼんやりと歩いているうちに、俺は市場の近くにたどり着いた。様々な品物が並び、多くの人々が行き交う賑やかな光景が広がっている。通りを歩く人達の自然な様子を見ていると、NPCが動いているようには見えず、とてもゲームの世界とは考えられない。ゲームのステータス画面が表示されなければ、異世界転移したといっても信じてしまうだろう。
とりあえず、一旦ログアウトしてから今後どのようにゲームを攻略していくか考えることにした。これまでプレイしていた『バベルの塔』と同じように、ステータス画面を表示させてログアウトボタンを探す。
「あれ…? ログアウトボタンがない…?」
見落としたのかと思い、何度もステータス画面を確認する。だが何度見ても、そこにはログアウトボタンはなかった。その時、都市伝説のサイトでみた情報が頭をよぎる。
『一方でこの世界の恐ろしいところは、ゲーム世界の死が現実世界の死となるという話だ。最近、行方不明者や変死体の報告件数が増加しているが、どうやらこれは『バベルの塔』に引きずり込まれたプレイヤーだという噂が巷では騒がれている。
その世界で一体何が起こったのか、我々が知ることは叶わないが、変死体の傷跡には一般的な殺害方法では説明できない部分もあり、変死体がみなVRヘッドセットを装着していることから、この噂の信憑性が増している。ただ変死体が装着していたVRヘッドセットには、何のゲームカセットもセットされていなかったことが報告されているため、彼らが死ぬ直前までプレイしていたゲームが分からないことも、『バベルの塔』との関連性の謎を深めている。』
「ゲーム世界の死が、現実世界の死…!」
今までプレイしていたゲームであれば、ゲームオーバーとなっても、何度も復活することができた。だがこの世界では、死ねばそれで終わりなのだ。ましてやログアウトすることすらできない。その事実が心に重くのしかかる。
「そんな、どうすればいいんだ…。」
特殊アビリティの効果に喜んだのも束の間、思わぬ壁にぶつかり途方に暮れる。だが落ち込んでいる場合ではない。このまま嘆いていても、飢え死にするだけだ。
俺は何かしら有益な情報が手に入るかもしれないと考え、しばらく市場をぶらつくことにした。
「お兄さん、冒険者かい? 何か探しているのかい?」
露店の一つから、白髪交じりの中年男性が声をかけてきた。彼はにこやかに微笑みながら、色とりどりの薬草やポーションが並んだ台の後ろに立っている。
「いえ、まだ冒険者として登録はしていなくて、今は情報を集めている最中です。」
「なるほど、冒険者登録前か。それなら良い情報を教えてやるよ。この市場の西端にいる情報屋の爺さんを訪ねてみるといい。あの爺さんは街の隅々まで知っているし、冒険者にとって有益な情報を持っているはずだ。」
「ありがとうございます。助かります。」
お礼を言って露店を後にし、西端に向かって歩き出す。途中、露店の間を縫うように進みながら、様々な人々の話に耳を傾ける。聞こえてくるのは冒険者たちの武勇伝や新しいクエストの情報など、どれも興味深いものばかりだ。
やがて、西端の一角にひっそりと佇む小さな屋台が見えてきた。そこには「情報屋」と書かれた木製の看板が掛かっている。
「すみません、ここが情報屋ですか?」
屋台の前に立つと、中から気の良さそうな爺さんが顔を出した。好々爺とした雰囲気だが、鋭い目つきをしており、一瞬で俺を頭から足まで観察する。
「そうだ、儂だ。何か知りたいことでもあるのか?」
「はい、この世界について教えてほしいのですが。」
「なるほどな。金はあるのか?」
情報を聞くのにも金がいる。だが悲しいことに、俺の懐は空だった。
「……すみません。お金はないです。実は突然この世界に来て、今は情報を集めているところなんです。」
爺さんは俺の話を聞くと、少し考えるように目を細めた後、頷いた。
「ふむ、異世界からの来訪者か。珍しいが、全く無いわけじゃない。まぁ、基本的な情報くらいは教えてやろう。さて、バベルの塔については知っているか?」
「はい。100層まである塔で、上に行くほど強力な敵が現れることは知っています。」
「そうだ、塔の攻略は冒険者の使命だが、それだけじゃない。この世界には教会という大きな組織が存在しており、彼らがギルドを管理している。儂らのような塔の住人は、教会によって守られているんだ。」
「……そうなんですね。」
俺がプレイしていた『バベルの塔』では、教会という存在はなかった。ギルドでパーティーを組み、塔の最上階を目指すという内容だったはずだ。街の名前や街並みは俺がプレイしていたゲームと同じだが、少しだけ異なる設定に違和感を覚える。
「……ちなみに、いまバベルの塔は何層までクリアされていますか?」
「いまは80層だ。そこに教会の本拠地もある。前までは75層にあったんだが、この間で襲撃で移転したんだ。」
「襲撃って、もしかしてギルドの貼り紙にあった『七大罪の烙印者』ですか?」
「よく知っているじゃないか。そうだ。そいつらは危険な連中で、七聖人様も捜索しているらしいが、未だ足取りは足取りはつかめていない。」
「『七大罪の烙印者』については少し聞いたことがあります。でも、なぜそんなに危険視されているんですか?」
爺さんは少し顔を曇らせ、声を潜めて話し始めた。
「教会の見解によると、そいつらは塔の崩壊を目論んでいるらしいが、その真意は不明だ。だが一つ言えるのはそいつらが強力な力を持ち、教会に対抗できる存在であるということだ。」
俺は胸の奥で何かがざわめくのを感じた。
「ありがとうございます。助かりました。」
「もし何か知りたいことがあれば、いつでもここに来るといい。次は金を持って来い。」
彼に礼を言って、俺は市場を後にした。
このままだと、俺は教会に捕まる可能性が高い。この特殊アビリティのせいで、教会から危険視される存在ということだ。
教会がどのような組織なのか分からないことが多いが、捕まったら最悪の場合、殺されることも考えられる。ゲームオーバーで死ぬか、教会に捕まって死ぬか。
その時、ふと攻略サイトの一文を思い出す。
『100層をクリアしたプレイヤーには、バベルの塔をクリアした報酬として、どんな願いも叶えることができるという。』
「100層クリア…。」
そうだ、俺が何でこの世界に来たのか。それは自分がどこまでいけるのか、試したかったからじゃないのか。現実世界で俺は苦しい生活を送っていた。だがバベルの塔では違う。ここでは俺は『マモニール』であって、『小鳥遊 守』じゃないのだ。ゲームをクリアするまで、現実世界には戻れない。だったらバベルの塔の100層をクリアして、現実世界に戻ればいいだけだ。
再び草原に戻り、自分のステータス画面を見つめる。俺にはまだ力が足りないが、この世界で生き延びるために全力を尽くすしかない。
「絶対に生き残って、100層をクリアしてやる。」
俺は意を決して、バベルの塔攻略に向けて歩き出した。