99 犬にしか見えない
宿の部屋の扉を開けると、マルが一人で眠っていた。
後の二人は遊びにでも行ったのか?
ハニトラは、動いているのが好きなようで、外で転がっていたり、一人で風呂に入っていたりする事が多い。
好奇心を我慢できなくなったイリスはそれについていったのかもしれない。
マルは比較的、本を読んでいるかゴロゴロ転がっている事が多い。
やっぱり、どこかしら室内飼いの犬のような感じがするのだ。
まあ、本物の犬なら読書はしないが。
「うぬ〜〜〜〜」
なにやら寝言を言いながら、ベッドの上でぐに〜んと伸びる。
真横を向いてヨダレを垂らしながら寝ている姿は、気の抜けた犬のようだ。
最初の頃は、丸まってしか眠れなかったのにな。
ベッドの上の、マルのそばに座ると、鼻をヒクヒクさせて肉球がぐにぐにと動く。
……何か、夢でもみてるんだろうな。
すると突然、マルが、
「ぐぬ〜〜〜………」
と言い出した。
「へ?」
「ぬぬぬぬぬぬ」
声と同時に顔が歪んでくる。
「悪夢か……?」
一瞬、その手を伸ばしていいものか戸惑う。
けれど、さすがにこのままの顔をさせるのは……な。
ふと、最初に会った時の、鳥籠の中にうずくまっていたマルを思い出す。
戸惑いながらも手をかけ、揺り動かした。
「マル……。マル……?」
「ふぐっ……」
ぐぬぅ……とした表情で、マルがなんとか目を開ける。
「大丈夫か?」
小さく声をかけると、混乱したのか、
「にゃああああああああああああ!?」
と声をあげて起き上がる。
そのまま前脚の間に顔をうずめた。
「…………少し、寝ぼけましたわ」
……そうだろうそうだろう。
じゃないとこんな犬みたいな形の何かから猫みたいな叫ぶ声が聞こえるとか、混乱するからな。
「大丈夫だよ」
どんな夢を見ていたかなんて、そんなつまらない事は言えなくて。
けれど、マルは落ち着きはしたようだった。
一人にも出来ず、声を掛ける。
「マルはさ、」
ちょっとした、雑談のつもりだった。
「この旅に、目的はあるのか?世界を研究するとは言ってたと思うけど」
「わたくしは、帰る場所がありませんの」
「え……?」
唐突に重い話になってしまう。
「もう、家がありませんの」
「そ、そか……」
「家族が何処に行ったのかもわからず、改めて一人になった時。家族を探す力も無く。出来る事は、ただ歩く事だけでしたわ」
「それで、世界を研究してるのか」
「ええ。だからわたくし、ずっとあな…………」
「俺さ、魔女に連れ去られて……」
その声は、ほぼ同時だった。話し出すのも同時なら、言葉が途切れるのも同時だった。
顔を見合わせる。
「……ユキナリ様から、どうぞ」
「…………そうか?」
そんなやり取りがあり、ユキナリが改めて話し始める。
「俺、魔女を探し出して、呪いを解いて、元の世界に戻してもらうんだ」
「…………そうですの」
そっけない一言は、俯いたマルの口から漏れるように吐き出された。
「……あなたの世界には、獣人はおりますの?」
ユキナリが少し眉をひそめる。
「似てるのはいるけど、大きさが全然違うんだ」
「……そうですの」
マル回でした〜!




