97 仮面のレディ
ゴロゴロと馬車が進む。
イリスが隠れているはずの場所に、黒い岩陰を発見する。
「イリス?」
声をかけると、にょっとその岩が動く。
「迎えに来た」
こっそりと頭半分だけでイリスが此方を覗く。やはり他人を警戒してしまうのだろう。
此方のメンバーを全員確認して初めて、やっとイリスが出てくる。
手を差し出すと、イリスがその手に掴まった。
スベスベの石の手……。
ぐっと引き上げる。
「…………え?」
びくともしない感覚。まるで、大きな岩を運ぼうとしているみたいな。
そこで気付く。
イリスは石で出来ている。
もしかして……、持ち上げられないくらい重いんじゃないか……?
イリスがほぼ一人で乗るのに手を差し出すだけ差し出す。
イリスが馬車に足をかけた途端、馬車の車輪が土の中へ沈む。
…………重いんだな。
ハネツキオオトカゲが、鼻から火を噴きそうな息をする。
気合いを入れると、馬車は動き出した。
どうやら、ハネツキオオトカゲは、小型ながらもこの重さを運べるようだ。
偶然ではあるが、ハネツキオオトカゲを選んでよかったな。
ゴロゴロと、車輪が回る。
そこそこの速さで、馬車は走った。
「気持ちいいね」
ハニトラが、銀色の髪を靡かせて笑う。
「ああ、そうだな」
眩しいと、そう思った。
遠く、鐘の音が聞こえる。
次の町が見えて来た。
馬車がゴロゴロと走る。
トカゲは息を切らせる事もないまま、ここまで走ることができた。
「ここなら、大丈夫か」
町から歩ける場所に洞窟を見つける。
トカゲと一緒にイリスに待っていてもらう。
そして、残りの三人で町へ買い物に行く事にしたんだ。
ローブは紺色のものにした。
これは、イリスのマスターがその色を好んでいたから、というイリスの希望だ。
「問題は、仮面ですわね」
「顔半分を隠すものは多いけど、全体を隠すものはなかなか無いよな」
町の中を歩いて回る。
小さいながらも、土の教会を中心とした町は、明るくて居心地がいい。
ふと、ハニトラが文具店に気を取られている事に気付く。
店の前に並べてあるのは、多種多様なカラーインクだ。筆のディスプレイ付き。
「ハニトラ?」
「え?」
何かを誤魔化すような顔。
これは間違いないな。
「顔に色を塗るのは無しだからな?」
「わ、わかってるよ〜」
目が泳いでる泳いでる。
「あ、あれは……」
ユキナリが目を留めたのは、ひとつの工芸屋の壁飾ってある仮面だった。
そこには、動物の面がいくつか飾ってあったのだ。
狐の面、か。
それは確かに仮面というよりは、和風のお面に近いようだった。
顔全体を隠す白い狐の顔には、薄紫の花が描かれている。
「きれい」
ハニトラの目が輝く。
「あら、ユキナリ様にしては、いいモノを選びましたわね」
そんなわけで、イリスには紺色のローブと、狐の面をつけてもらう事になった。
「ありがとうございます。気に入りました」
というイリスの表情は読めなかったけれど、心なしか、声は弾む。
どうやらこれは、気に入ったようだということでいいだろう。
そんなわけで、改めて旅に出ましょうか。




