90 そして、ゴーレムは目覚める(4)
「その人は……人間、ですか?」
「ええ。そうですが?」
寿命を考えてはいないみたいだ。
これは……言わないほうがいいのかもしれない。
「ごめん。俺達、大丈夫そうだから帰るよ」
そう言うと、ゴーレムは沈黙した。
沈黙し、そして、3人が後ろを向いて研究所から出ていくまで、ゴーレムは動くことさえしなかった。
ただ、再度真っ暗になった部屋の中央に、まるで意識のない銅像みたいに、そこにじっと立っていたんだ。
それがなんだか悲しくて。
俺は、それでいいなんて、どうしても思う事が出来なかった。
それから俺たちは、その山で四つ足の動物を探す事になった。
坂を登り、そして下り、空を見上げる。
丁度、例の研究所を見上げる場所に来ると、ふとそちらが気になった。
眩しい太陽の光を浴びて、その崖の上にじっとしているのはあのゴーレムだ。
まるで、元々そこにあるのが正しいみたいに、じっと遠くを見ている。
きっと、マスターを待っているのだろう。
翌日、そのまた翌日と、四つ足探しは長引いた。
山羊は見つけたが、あまり馬車を引くのには向いていなさそうだ。
あの場所を見上げればいつも、あのゴーレムが立っている。
「あいつ、置いていくのは正しいのかな」
そんな事を、誰にともなく呟くと、マルが、
「あんなの、気にする事ありませんわよ。アレを連れていく義理など、こちらにはございませんもの」
と、呆れた声を出す。
「けど」
たった一人、あの洞窟の中でマスターを待つゴーレムの事を考える。
ずっと待っているんだろうか。
ゴーレムは死ぬ事があるのだろうか。
もし、ずっと死ねもせず、永遠にあの場所で待っているのだとしたら、それはつらくはないのだろうか。
「あのままずっと一人で居て辛くないなんて、思えなくてさ」
「……迎えに行くの?」
ハニトラが聞いた。
「誘いに行こうか」
ユキナリがそう言うと、ハニトラが寂しそうに笑った。
夕陽の中で坂を上がると、ゴーレムはそこに立っていた。
ユキナリ達が来た事に気づいてはいるだろうけれど、お構いなしという感じだった。
言葉も発する事もせず、こちらを見ようともしない。
まあ、ゴーレムの目が、本当に目の役割を果たしているのかはわからないが。
「話が、あるんだけど」
話しかけたところで、反応もない。
それは、賭けだった。
「イリス」
もしそれが名前なら。
そして、その予想は当たっていたみたいだ。
くるりと振り返ると、イリスは小さく、
「マスター」
と呟く。
「俺は、君のマスターじゃないけどさ、……一緒に来ないか?」
だって、未来のない場所にずっと一人なんて、寂しいじゃないか。
けれど、イリスの返事はこうだった。
「行きません」
それは、強い声だった。
表情は読めない。
ただ、もう決めているという声だった。
「私は、ここでマスターを待っているんです」
そんなわけでお名前判明。イリスちゃんです!




