89そして、ゴーレムは目覚める(3)
炎の色が、部屋の中を明るく照らす。
ユキナリは、盾を構え、後ろに跳んだ。
ゴーレムの持つ杖から、炎が渦巻く。
かろうじて避けた、と思った瞬間、
「風」
と追い討ちがかかる。
目の前の炎が風で煽られ、盾にぶつかる。
炎は盾の力でぶちまけられるように広がり消えていく。
その姿を見たハニトラの目が、光る。
「なんて事を……!」
飛び出すハニトラを、制止したのはユキナリだった。
「待ってくれ!ハニトラ!」
身体全体で受け止めようと飛び出し、ハニトラとまともにぶつかる。
「ユキナリ……!」
抱えるような格好のまま、ハニトラを必死で止めた。
あのゴーレムは、人の言葉を喋っていた。
攻撃的なわけじゃない。
「待て!この場合、俺たちの方が強盗だ……!」
「けど……、あの石のせいで……ユキナリが死ぬところだったんだよ……!?」
ハニトラの泣きそうな青い瞳が深く揺れる。
死。
そう言われて、実感してしまう。
死ぬところだった。
確かに、そうだ。
震えるほど怖い。
けど。
「それでも……!勝手に入ってしまったのは、こっちなんだ……」
そこでやっと、ハニトラの力が抜ける。
それまで好戦的だったゴーレムの方も、この会話を訝しんだのか、そこで杖を微かに下ろした。
静まり返った部屋の中。
部屋の隅の方で、ぽたぽたと微かに水滴が天井から落ちる音だけが響いた。
「あなた達は……盗人ではないのですか」
よく通る女性の声だ。
表情は読めない。慎重に、答えなくては。
「俺達は……、誰も傷つけるつもりはない。ここにも、もし首都を攻撃する要素があれば気をつけなければならないと、覗きに来ただけだ」
……なんて言いつつ、あの破壊した扉が見つかったらヤバイだろうか。
「そうですか。ここにはそのような危険なものはありません。ただ、イリスがマスターを待つだけです」
イリス?
と疑問に思ったが。
そうか、このゴーレムの名前かもしれないな。
「ああ。すまなかった」
怖いけれど、盾を出したまま、短剣を腰より下に下ろす。
ハニトラも、もう戦意はないようだった。
「マスターは、何処へ行ったのですか」
切実な、声。
表情が動かなくても、瞳が無くてもわかる。
切実な声。
「マスターっていうのは、コレを書いたやつか?」
差し出した例の本を、ゴーレムに差し出した。
石の腕が、思ったよりも滑らかに動く。
それは確かに石なので、曲がるのを見るとどうしても目の錯覚を感じてしまう。
……実際に石が曲がるなんて。これも魔法だとでもいうのだろうか。
「そうです。確かに、マスターが、私の前で書いていたものです」
けど。
コレを書いた人間は、数十年前あの孤島に居た人物らしいと思われる。
いや、本の中身を見れば、確かにそうだと言えた。
何せ、“山香派”の店が、数十年前の情報なのだから。
「……失礼かもしれないんだが、その、マスターって奴は、いつから居ないんだ?」
「あと25日で、60年になります」
「その時の、そのマスターの年齢って、覚えているか?」
「はい。60代だったと記憶しています」
軽く見積もって120歳……。
俺は、マルを振り返るが、マルも、
「魔族でもなければ……」
と頭を振った。
それほど平均寿命は長くなさそうな世界ですよね。




