8 町へ(1)
ローパの町へは、ペケニョの村から馬車で4時間ほどかかる。
とはいえ、おじさんが一人馬車を操っているだけなので、隣に座り会話をするだけで気楽な時間は過ぎた。
おじさんはそれほどこの世界について詳しくは無かったけれど、それでも村では知らずにいた事をたくさん知っていた。
「いや、届けるのは荷物ばかりじゃないんだ。人間もさ」
その言葉を聞いて、ギョッとする。人買いにでも手を出しているのだと思ったからだ。
けれど、その後のおじさんの言葉は、予想外のものだった。
「ダンジョンに、冒険者を届ける役目さ」
「…………?」
ユキナリは、言葉を失った。
聞きたくない言葉だった。
“ダンジョン”
“冒険者”
やはりここは、……剣と魔法の世界だっていうのか。
「おじさん」
青い空の下、なんともない雑談のつもりで声をかけるけれど、声は少し硬くなった。
「モンスターって……いる?」
「ぐあーっはっはっは!」
聞いた瞬間、おじさんが大笑いしたから、ユキナリはほっとしたのだ。
だって笑い飛ばされたって事は、馬鹿な事を言ったって事で。
つまり、モンスター的なモノはいな…………。
「兄ちゃん、魔物見た事ないんだろ?」
「は…………」
何か言い訳をしながら、笑って済まそうとした、のに。
“魔物”
魔物?
「まあ、町に出てくる事なんてあまり無いしな。冒険者でもなけりゃ、いないかもなんて話になってもしょうがないやな」
「魔物…………居るんですか?」
「ああ、もちろん。俺も、こういう仕事をしてるとな。会っちまう事だってある」
そう言って、おじさんは御者台の下の方に目配せした。
あれは…………銃?
見間違えようもない。
元の世界にいた時と似ている、猟銃のようなものが、おじさんの手に取れる場所に置いてあった。
実際に、そのものを見た事があるわけじゃないから、どこがどう違うなんて言えないけれど。
冗談を言っているようには見えなかった。
背筋を、冷や汗が流れた。
「お前も冒険者志望か?」
「あ…………まだ、考えてないんですけど」
と、否定しておきたいところだったけれど、曖昧な返事をする。
魔女に会うには、もしかしたら冒険者にならないといけない、なんて事もあるかもと思ったのだ。
ダンジョンと呼ばれるものに、潜るにしろ潜らないにしろ、きっとこの世界では、戦う能力は必要だ。
「冒険者になるには、どうすればいいんですか?」
「冒険者ギルドに登録すればいい」
「ギルド……」
「ダンジョンはあそこで管理されてるからな」
「俺でも、なれますかね?冒険者」
聞きながら、空を眺めた。
雲が流れる。
明るい森の中を馬車が走る。
「さあな。何か戦闘の心得はあるのかい?」
言われて、自分の人生を振り返る。
何もやっていない人生が、異世界から来たから、なんていうのは言い訳だろうな。
現代だって何か出来たはずだ。
柔道、剣道、弓道……。
「何もしていなかったのが、悔やまれますね」
残念ながら、趣味は旅行と映画だった。
「そうか……。まあ、弟子を取ってる剣士も多いって聞くしな。がんばれよ」
そう励ましてもらいながら、思い切り不安を抱いたところで、
「ほら、見てみろ」
森が開ける。
開けた途端、幾つかの馬車が往来する向こう側に、大きな町が見えた。
それが、ローパの町だ。
やっと旅立ちです。とはいえ、チート能力のないユキナリくん。
前途多難です。