77 水の中に(4)
結果、銛の先に髪の毛を結んで魚釣りに挑むボートの周りで、犬と少女がパチャパチャと泳ぐ平和な光景が広がった。
そのボートの下が水深数メートルでなければ、まさに平和だと言えただろう。
二人とも、ユキナリが糸を垂らす隣で、それぞれの刃に魚を刺し、血を滴らせては、ボートにボトボトと投げ込んでいく。
それぞれ食べる分だけそれぞれで捕まえる、という約束だ。
二人ともどれだけ大食いなのか、既にそれぞれの魚は山のようになっていた。
「わたくしのお魚、取らないでくださいましね」
「そんな事しないよ。ずる賢い獣じゃあるまいし」
「また獣呼ばわりして……!」
「獣じゃなかったら何なの」
「弱弱に言われる筋合いはありませんわ。マルチネス様とお呼びなさい」
「んべ〜〜〜〜〜〜!」
なんだかんだで騒がしい奴らだ。
そして俺はというと、まだ1匹も釣れないままでいた。
魚釣りなんて、やった事ないもんな。
それも、こんな髪の毛と小さな小魚で。
なんの反応もない銛を見守る。
ハニトラとマルは、魚を求めて再度海の中へ。
ただ一人きりになって、じっと銛を見守る。
なんだかこうしてると、ひとりぼっちで海に放り出されたみたいだな。
じっと遠くを見ると、左側は陸地が見え隠れしている。きっとあのあたりが国境の向こう側にあるという隣国なのだろう。
右側には海が広がる。
遠く、水平線が見えた。
ふっと、不思議な感覚に陥る。
まったく別の空間に放り出されたような。
それでいて、独りぼっちではないような。
不思議と、包まれている感覚。
その時、ポン、と水が水面を打った。
え?
何か、上から落ちてきた……でもないだろう。魚でも居たか?
不審に思いつつも、そこへ向かって餌を振り上げる。
程なくして、パシャン!と魚がかかった。
「お!?」
引き上げると、そこには魚がついていた。
「おおっ!」
じ〜〜〜〜ん、と感動する。
俺が、捕まえた魚だ。
今、この感動を共有できるヤツが居ないのは少し残念だが、少しやる気が出てきたというものだった。
それから、ユキナリは、3匹の魚を捕まえた。
サイズや量は二人に比べればまったくだが、初めての釣りとしてはなかなかの成果であると言えよう。
不思議なのは、あの水面が跳ねる現象が毎回起こったという事だ。
あれは……何だったんだろうな。
魚が跳ねたんだろうか。
隣でキャッキャと大騒ぎしている女子二人を尻目に、網に入った魚4匹を自慢げに眺める。
アイツらとは差はあるが、これだって俺の十分な成果なんだからな。
晴れた空の下を、ボートがゆるゆると走る。
そしてその直後、老舗の料亭で魚のフライをいただいた。
「この塩、そしてハーブ、この山の恵みをふんだんに使ったフライがこれってワケよ!」
魚のフライが、どーんとそれぞれの皿に盛られた。
ハニトラとマルの魚の大半は現在揚げている最中で、これからどんどん出て来るらしい。
目の前のたった4匹だが、なかなか大きく、満足できそうな魚のフライを眺める。
「ぜひ、一つ目はそのままで、二つ目はソースで味を変えてくれ。この調味料の割合ってヤツが、俺の3代前の研究の賜物なんだが……」
説明はどうやら終わりそうになく、3人は待ちきれずに「いただきます」を言う。
「俺だって、やったじゃないか」
「うん、ユキナリの釣ったお魚美味しそう〜」
ハニトラが、口にフライを詰め込んだ状態のまま横目で俺の皿を見る。
この視線を見た感じ、美味しそうというのも本心だろう。
「ほんと、美味しいですわ」
口の周りにソースをつけた白い犬が何か言っている。
……いやほんとに、この口調さえなかったらただの犬だな。
笑いながら、ユキナリは熱々のフライを口に運んだ。
「うん、美味い!」
女子二人はかなりの大食いです。まあ、ハニトラは元々猪丸かじりする子ですしね。




