76 水の中に(3)
それから1時間後、俺達は、海の上の小さなボートの上にいた。
ユキナリは、
「はぁ〜〜〜〜〜……」
と肩を落とす。
「あのおっさん……」
料理人ヤスが、魚を捕る道具をこころよく貸してくれると申し出たので、ここで釣り道具を揃えるのは確かに大変だろうと貸してもらったところまではよかったものの。
現在ユキナリの手に握られているのは、細長い棒。先端に、よく磨かれた尖った石が付いている。
つまりこれは……、銛だ。
海に潜って銛で魚を突いて捕まえろって事だろ?
俺、溺れたばっかなんだが?
そんなバカな、と思いつつ、同じく借りてきた木製ボートに乗り込んだというわけだ。
「これでどうしろって言うんだよ」
とりあえず、上半身のシャツは脱ぎ、泳げるよう身軽になる。
左手で銛を持つと、水面に向かった。
想像する。
あのクラーケンと戦う自分の姿を。
いやいやいや、そんなうまく行くわけないだろ……。
とりあえず、船のヘリに立ち、ドプン、と海へ潜ってみた。
ハニトラとマルが、少し心配そうな顔をして、俺の事を見送った。
海…………。
水中は、想像以上に海だった。それも、とてもカラフルな。
見知ったものが沢山存在する場所。イソギンチャク、魚、珊瑚、海底の砂。
それに…………。
どこの浮遊城かと思うほどのサイズの亀を遠くに目撃する。…………これは、見なかった事にするか。
食べ物が豊富なのか天敵がいないのか、魚はとても沢山居る。
これを……捕るのか。
とりあえず、銛を突き出してみる。
銛は、水の抵抗にぶつかり、ゆるゆると進んだ。
「………………」
ひとまず、水面に上がり、息を吸ってからもう一度。
同じ事をしてもう一度。
「これ……っ、無理だろ……!」
ボートのへりに掴まり、這い上がる。
マルが、その小さな口で銛を受け取ってくれる。
「捕れなかった?」
その腕の刃に魚を突き刺したハニトラが、偉そうな顔でこちらを見下ろす。
おいおいおいおい。お前はそれ捕まえられたのかよ……。
さすが、人間技じゃないというかなんというか。
ハニトラに一生懸命引き上げられながら、ボートの上に寝転がる。
顔の横で、魚がピチピチと跳ねた。
「俺……これ向いてないわ……」
ずぶ濡れのズボンの重みを感じる。
「せめて釣竿ならな」
「釣竿?」
ハニトラが聞き返す。マルは、「そんな事も知りませんの?」とツンとした鼻をハニトラに向けた。
「糸の先に餌ぶら下げてさ、それに食いつく魚を捕まえるんだよ」
「へぇ」
う〜ん、とハニトラが空を仰ぐ。
「これ、いいよ」
と、ハニトラが示したのは、自分の髪の毛だ。
「いいの何もないだろ。髪なんてもらえないよ」
言ってるそばから、ハニトラが自分の髪を1本抜いて差し出す。
まったくこいつは……。
気道確保の時、髪を使っていたくらいだから、髪も身体の一部なのかと思ったけれど……これは痛くない、のか?
考えてしまうと頭の何処かがゾッとしてしまうので、あまり考えないようにする。
銛の先端に、ハニトラの髪を結え付け、更に先にハニトラが捕まえてきた小魚をつける。
そうやって、小さな釣竿は完成したのである。
釣りの方が簡単みたいですね。




