75 水の中に(2)
…………?
身体が、動かない。
けれど、どこからか誰かの声がする。
息が、出来ている。
助かった……のか…………?
「ユキナリ……様…………」
ああ、マルの声だ。なんだ、泣きそうだな。
「ユキナリ」
ハニトラも居る。
二人が、助けてくれたのか。
そこでふと、思う。
これは…………定番の人工呼吸シチュエーションでは?
目を開けた途端、ハニトラが照れたらどうしたらいいだろう。
照れた顔で目を逸らすのか…………。
いや、悪くないな。
その瞬間、喉の奥に、ゴッと衝撃が走る。
「!?」
目をバカッと開ける。
目の前に、まだ明るい空が見えた。
「!?!?!?」
口の中に、入っているのは、ハニトラの髪の毛だった。
「!?!?!?!?」
目を疑う。
それで気道を確保してるのか???
ハニトラは人間ではない分、髪が触手だったりするんだろうか……?
それにしたって、随分と物理だな……。
「もご……っ、ごっ……」
あまりの事に声をあげると、
「ユキナリ……!」
と半泣きのハニトラが抱きついてきた。
「ぐ……っ、ぐるじ…………」
抱きつかれて息が出来なくなったのを、勘違いしたハニトラが余計に抱きついてきた。
「そんなに苦しかったんだね……!生きててよかったぁあああ」
……まあ、コイツはコイツなりに心配して助けてくれたんだもんな。
ハニトラを何とか引き剥がし、息を吸える事に感謝すると、
「ありがとう、ハニトラ。それに、マルも」
と息も絶え絶えに笑いかけた。
「この人が、助けてくれたんだよ」
一息ついて紹介されたのは、40代くらいのおじさんだ。
おじさんは、ありがたい事に、俺達を自分の家まで招待してくれた。
「ありがとうございます」
「いやいや、いいって事よ」
ベッドに寝かされ、裸のまま布団を被る。
このおじさん、冒険者といった感じでもない。
外観からすると、飲食店のようだったが……?
「俺は、ヤス。ここで料亭をやってる」
ヤス。
「は〜〜〜〜……」
つい、その聞き覚えのある名に感心してしまう。
あのゴーレム博士が本に書き記していた、山香派の店の料理人じゃないか。
「もしかして、ここでは、山香派のフライが食べられます?」
「おお!知ってるか!」
お、やっぱりこの店だったか。
「けどなぁ。実は、魚をとる前に、クラーケンに出くわしてな。今日出せる魚が無いんだよな」
「それは残念ですね」
「まあ、もし捕って来るんなら、特別に無料で料理してやってもいいぜ?助けた責任ってものがあるからな」
随分と親切な人だ。
「ありがとうございます」
と言いつつ。
まあ、お世話にはならないだろう。これからすぐ、ここから旅立つつもりだしな。
と思ったのも束の間。
ハニトラの目が、キラキラしているのを見てしまった。
マルに至っては、背筋を伸ばし、真面目な顔をしているくせに、口からヨダレが垂れている。
いやいやいやいや。
けれども俺は、残念ながら、こういう視線にはとても弱いのだ。
魚釣りイベントフラグですかね。




