72 真夜中、部屋の片隅にて(2)
夜中、目を覚ました。
ふっと。自然に。
天井が見える。
木製の、真っ平な天井だ。
真っ暗な天井。
窓の外は、寝る前と同じく、まだ暗かった。
それほど天気が良いとも言えない。
ただ、風が揺らす木々のざわめきは、ゆるゆると心地がいい。
いつものように、右と左に温かさを感じる。
左側はモコモコしている。
ツヤツヤの真っ白な毛並み。
マルがくっついて丸まっているのだ。
この辺は犬らしいというかなんというか。
抱きしめたくなるほど手触りはいい。
かつての相棒ルナと比べるのは正直申し訳ないが、見た目がそっくりでサイズはでかく抱き心地の良さそうなマルにくっつかれているのは悪い気分ではない。
その生物としての熱が、懐かしさを呼び起こす。
右側は……。
むにん。
相変わらずの、よろしくない感触。
大変よろしくない。
チラリと右側を見ると、相変わらず素っ裸の胸が、俺の左脇に押し付けられていた。
スヤスヤと寝息が聞こえる。
女子の裸なんて、こう毎日見せつけられるものではないんじゃないだろうか。
ありがたみというものがうんたらかんたら。
例えば、こう一緒に生活をしているというのなら、お風呂でばったり出会ってキャー!とか。そういうイベントがあってこそ映えるものなんじゃないだろうか。
こう、デフォルトがマッパっていうのはな。
色気っていうものが…………。
むにん。
ハニトラがムニャムニャと動く事で、思考が停止する。
五感の全てが、その感触に持っていかれる。
その柔らかな膨らみ。
いやいやそりゃあ、俺だって男だし?百歩譲ってこの状況が嬉しいとするじゃないか。
けど、やっぱり。
ハニトラの、戦闘シーンを思い出す。
腕からも脚からも生える、緩やかにカーブを描く刃。
こいつは人間じゃないから。
そういう行為をするわけにはいかないのだ。
いつ身体のどこから刃が出てくるかわからないからな。
……万が一……、万が一、ハニトラが好意をもってくれたとしても。
ハニトラの意思とは無関係に、血の惨状になる可能性だってないわけじゃない。
だから、ハニトラの事をそういう目で見るわけにはいかないのだ。
ユキナリは、こっそりとハニトラの寝顔を覗いた。
スヤスヤと何も考えていなさそうな、幸せそうな寝顔の顔。
閉じられた瞼に、銀色の長いまつ毛。
髪と同じく、やはり妙なくるくる加減で、キラキラと輝いて見える。
ニコニコとした口元。
ぷっくりと膨らんだ頬。
触ったら、どんな感触がするだろう。
「…………」
いや、俺はまだ死にたくはない。
俺は、魔女に呪いを解かせて、自分の世界へ帰り、同年代の人間の女の子と爽やかな恋をするのだ。
こんなところで、素っ裸で転がっているモンスターは、俺にはお呼びじゃないから。
銀色のくりくりとした長い髪が顔にかかっているのをじっと見る。
天井に目を移し、また、むにんとした感触に踊らされ、悶々とした気持ちを抱えながら、ユキナリは再度眠りにつくのだった。
うまく恋愛にならない二人ですね。




