71 真夜中、部屋の片隅にて(1)
「ハニトラ……?」
探すようにその名を呟く。
すると、それに反応して部屋の隅で動くものがあった。
ハニトラは、床に座り込み、窓の外を眺めていた。
振り向いたハニトラの銀の髪が、微かな窓からの光に反射して輝いた。
暗闇の中で、青い瞳がまるでそれ自体が光ってでもいるかのように光る。
一瞬、その吸い込まれそうな瞳に見惚れ、声をかけることをためらった。
ただ、マルの寝息だけが聞こえた。
「あ…………」
「ユキナリ」
名前を呼ばれ、ハッとする。
「ハニトラ、どうした?」
「へへ」
笑いながら目を伏せる。
こういう時は、ひどく儚げに見えるのだ。
「一人で寝られなかった」
「怖いのか?」
「……ううん。ただ、人間のベッドは好きじゃなくて」
それを聞くと、少し申し訳なくなる。
こんな風に遅くなってしまった事が。
そして、その少しの後ろめたさから、俺はハニトラの隣に座る。
人間に、嫌な思い出でもあるのかもしれないが、そんな事、人間である俺が聞いていい事なのかもわからなかった。
「俺だって、人間だぞ」
「ん」
ハニトラは頷く。
「けど、ユキナリは大丈夫」
ハニトラは、静かに言った。
「私の父は、人間に殺された」
それを聞いて、言葉なんて出てこなかった。
何となく、何も考えていない奴なんだと思っていた。
けど、そんな事はなさそうだ。
「私は小さい頃、人間の家に住んでいた。父は、人間だったから」
「じゃあ、ハーフ、なのか……?」
「ううん」
ハニトラが静かに首を振ると、キラキラと光がこぼれるように銀色の髪が煌めいた。
「私は母から生まれた。私の種族は、本当は両親という概念がない。家族なんていうものもない。種族全てが家族。みんな、母からだけ生まれる。だから……父の情報は持っているけど、生殖機能があるわけじゃないから、中身は全然、人間じゃない」
中身はすっかり魔物って事か……。
「けど、私の母は、人間に憧れたの。父もそれを受け入れて、3人で家族として暮らしてた。そこに……」
ハニトラがうずくまる。
「人間が来て、何か喋って、父を剣で刺して、どこかへ逃げて行った」
「…………」
「父は苦しんで……、けど、私と母とじゃ治せなくて、それで死んじゃった」
何と言っていいかわからずに。
言っていい言葉なんて思いつかずに。
ただ、横に座り、ぽん、とその小さな肩に自分の肩を触れさせた。
「……ユキナリは、大丈夫なんだ。私に触れてくれる人は、ユキナリだけだから」
ハニトラは、ただそのままじっとして、俯いて膝を抱え、丸くなっていた。
真夜中は過ぎていた。
俺達は、それからも随分長い時間を、じっと言葉も交わさずに、過ごした。
窓からの微かな光だけを頼りに。
うつらうつらし始めたハニトラに声をかける。
「ハニトラ、そろそろ寝よう」
「…………うん」
そう言って、ハニトラは来ていた服を脱ぎ始める。
ぽよん。
「おおおおおおおい」
これさえ無ければいいんだが。
ちょっとずつ恋愛として進んでいればいいなぁ。




