70 その本が言うには(3)
「う〜ん」
夜。
ユキナリは、一人、宿の食堂に居た。
宿の食堂は、24時間開いており、酒が飲めるようになっているのだ。
もう晩御飯を食べるような時間でもない夜遅くに、ざわざわとした食堂の中で、また日記と対峙していた。
日記や本のどこかから、このゴーレム博士が魔女の手下なのか、それともこちらの仲間なのか見極めようとしての事だった。
思い出話の中に。もしくは、ゴーレム作りの話の中に。
それにしても……、時々出てくる『山香』ってのは何だ?
出てくる頻度が高すぎる。
何処かの地図と一緒に出てくる事が多い所を見ると、やはり何かの薬品か……?それとも薬草の類…………。
視線をその本に落とし、集中していると。
「おお?」
と、後ろから声がかかった。
ビクゥ!とつい驚いてしまう。
「なんだぁ?怪しい奴が居るから見てくれとか言ってたが、何かと思えば兄ちゃん」
後ろを振り向くと、痩せた小柄な爺さんがこちらを覗き込んでいた。
やば……。見られると悪いものの可能性だって十分あったのに。
爆弾とか毒とか、やばい言葉の可能性だって、捨ててはいけなかった。
慎重に、逃げる道を探す。
今はハニトラも居ない。
俺が一人でどうにかしなくては。
その小柄な爺さんを凝視する。
「山香派か?」
ドキリとする。
それはあれか?精霊派か魔女派か、みたいな奴か?
いよいよどう逃げようかと視線を巡らせていると、爺さんは続けてこう言った。
「俺は断然、海塩派だねぇ。海のモノは海のモノで調理するのが一番さぁ。まあ、見る目はいいけどな。それ、ヤスさんとこの料亭の場所だろ?山香派の中では歴史ある店ではあるもんなぁ」
「…………へ?」
なんだ?どういうことだ……?
「山……香、派」
どうやらそれは、食べ物の話であるらしかった。
よくよく聞いてみれば、それは魚のフライの料理の仕方の話だった。
何で味をつけるか。何をつけて食べるか。つまり、そういう事だ。
ゴーレム博士は、この港の魚フライ(山香派)が好物だったのだ。
その爺さんは話好きだった。
結局それから2時間も、この港の事や美味しい店、好みの店員や幼馴染との思い出話など、あっちへこっちへ話は飛びつつ、色々な話を聞く羽目になった。
愛想笑いを浮かべつつ、ちびちびとだが酒も飲む。そんな時間だった。
爺さんが酔っ払った末に机に突っ伏してガーガー眠ってしまったのが、最後だった。
「ふぅ……」
一息つくと、宿のおっちゃんがガハハと笑いかけてきた。
やめてくれ。爺さんが起きるだろうが。
「大変だろ、この爺さんの相手すんのは」
「いや、こっちも楽しかったから」
言いながら、ジョッキを口にする。
そう、なかなかに楽しかったのだ。
そんなフワフワした気持ちで、部屋へと戻る。
ガチャリと開けた扉の向こうは、窓の外からの明かりしかない、暗い室内だ。
ベッドの上にはマルが一人、丸くなって眠っていた。
マルは犬ではなく獣人なので、一人、と数えています。




