69 その本が言うには(2)
横に並べる椅子はないので、一緒に床に座る。
壁に寄りかかり、二人、横に並んだ。
「どれがいいかな」
と言いつつ、ハニトラが持っていた本を受け取った。
それは、マルがあの部屋から持ってきたものの中の1冊で、表紙には『魔物大図鑑』と書いてある。
「魔物大図鑑……?これでいいのか?」
問うと、
「うん!」
と元気のいい返事が返ってくる。
まあ、確かに精霊術原理だの物理学だののこのラインナップの中なら、わかりやすい部類かもしれない。
二人で頭を付き合わせて太い本の真ん中あたりを開く。
中には見開きで、右のページにはその魔物のイラストが、左のページにはその魔物の説明が書いてあった。
「トレント」
と、一番上に書いてあるのは魔物の名前だろう。
ハニトラに目をやると、
「これでいい」
と返ってきたので、開いたページに目をやる。
思えば、誰かにこんな風に本を読んで聞かせるなんて、初めての経験だ。
少し緊張して、「んっ、ん〜っ」なんて喉の調子を整える。
名前のすぐ下には、
「グレー」
と一言だけ書いてあった。
グレー?
みると確かに、魔物はそれぞれ3色のうちのどれかに分類されているようだった。
その下には、魔物の特徴が文章で書かれている。
「植物系魔物。顔あり。会話が可能。食事は根から摂取する栄養。理性あり。ただし、あまり賢くはない。人間や他の魔物を食べる事はないが、娯楽として人間や他の魔物を襲う事を好む」
ひどい魔物だな。
「歩行は不可能。その場から動く事はない。木と同じ姿をしており、寝ている姿は木と見分けがつかない。これは、植物と同化する事で、他者からの注意を逸らすためだと思われる」
ハニトラの様子を見ると、思いの外、キラキラとした目でページを眺めている。
「これ、面白いか?」
「うん、面白い」
絵本の様に楽しめるもんなのか。
そんな風に思った時、ハニトラはこう続けた。
「遠距離攻撃ならいけるの?」
「…………」
そういう見方かぁ。
そういえば、戦闘の時でも一番最初に飛び出してくれてるもんな。
「それは可能だろうな。けど、枝が伸びてくるらしい」
「枝が?」
ハニトラが、右ページの絵を凝視する。
「続き、読むな」
「うん」
「枝が多く、その一本一本が関節のない触手の如くうごめく。少なくともその長さは幹部分の2倍。3倍はあったという目撃証言もあり、要調査事項である」
「3倍……」
呟きながら、そのスラっとした指で長さを測るように何かを考え始めた。
俯いて真剣に考える横顔は、見ていてなかなか悪くないものだ。
「なあ、マル」
「マルチネスですわ」
本に集中していた白い耳が、ピクリと動いた。
「わふぅ……」
なんていうため息が一つ。
「この、“緑”、“グレー”、“黒”っていうのは何なんだ?」
どのページを見ても、この3種類のどれかが書いてある。
聞くと、マルは、鼻でフン、と息を吐く。
「“緑”は精霊派。“黒”は魔女派。グレーはどちらともつかない怪しい種族ですわ」
「あ〜……」
ページをバラバラとめくる。
「だから時々、書き変わってるのがあるんだな」
「ですわ」
「種族ごとに、いい種族と悪い種族がいるんだな」
マルが、ユキナリに坐った目を向ける。
「当たり前ですわ。ただ、人間は種族の区別も碌々付かずに全部を攻撃してらっしゃいますけど。ここまで書いてあるのが珍しいくらいですわね」
「そうなのか」
言いながら、ユキナリはホッとする。
それはつまり、ハニトラやマルのように、安心していいやつは本当に安心していいという事だ。
現在はどうだかわからないが、それなら覚えておく価値はあるだろう。
ユキナリは、またハニトラと共にページをパラパラとめくるのだった。
ハニトラは、人間とのハーフのような顔をしていますが、見た目が人間寄りなだけで実際のところ純粋な魔物です。




