68 その本が言うには(1)
夕食を食べてから、本を開いてみる。
椅子の足元には、マルが寝そべっている。
犬らしい姿だ。まあ、集中して読書している事を除けば。
本は、煤けているけれど、それほど傷んではいない。
全て真っ白なページに、文字がつらつらと並んでいる。
基本的にはこの世界の文字だが、所々に英語が混じる。
大まかには、ゴーレムの作り方だ。
専門用語や薬品名はわからない。
英語もそれほど堪能なわけではないので、作り方自体はピンと来ないのだが。
時々書いてある日記には、心を引かれた。
『去年の今頃は車で釣りへ出かけた。まあ、あの釣り堀じゃあ小さな魚しか釣れないが』
『クリスマスプレゼントでもらったペンはもう手元にはないが、思い出だけは色褪せない』
車、だとか。クリスマス、だとか。
同じ世界から来たような言葉の数々。
つい、懐かしく思ってしまう。
そして、気になるのはこの一言。
『another one』
そしてその後、もっと人間型にするための方法がつらつらと書き連ねている。
『そいつは魔法を使う』
そして、そのページの下半分に、
『Magic!!』
とでかでかと書いてあった。
魔法。
精霊の力とは違うものなのか?
もう一体の、もっと人間らしいゴーレム。
それはつまり、動き回って、魔法で攻撃してくるって事なのか?
それが、完成しているとは限らない。
限らない、けれど。
もし、完成していたら?
ページをめくる。
そこには、見開きで、この国の地図が書き記されていた。
これは、ただの地図じゃない。
その地図には一点、赤黒いばつ印が書かれている箇所があった。
まるで……、血で記したような色。
それは、この港付近ではない。けれど、それほど遠く離れてもいない。
小島などではなく、もっと大陸の内側だ。
そしてもっと、首都に近い。
もし。
嫌な考えが頭に浮かぶ。
もし、このゴーレム博士が魔女側の人間だったとしたら?
もし、攻撃が可能になった実用に足るゴーレムを、首都に向かわせるつもりだったのだとしたら……。
俺は……、この情報を見なかった事にしていいのか……?
ふと顔を上げる。
思ったより自分の思考に集中してしまっていた。
チカチカする視界を落ち着かせ、周りを見渡す。
足元では、相変わらずマルがじっと本を読んでいる。
その向こう側では、床に座ってハニトラが、マルが持ってきた本を眺めていた。
膝の上に抱え、ゆっくりとページをめくっていく。
ハニトラ、確か、字が書けないんじゃなかったか?
「ハニトラ」
「ん?」
キラキラとした青い目が、こちらを向く。
「読めるのか?」
聞くと、ハニトラはゆっくりと首を横に振った。
「読んでやろうか?」
それは、ちょっとした思いつきに近かった。
けれど、
「うん!」
という嬉しそうな顔を見れば、なんだかちょっと、言って良かったと思ったんだ。
ずっと森で暮らしていたハニトラは、読み書きは出来ません。




