54 土の精霊(2)
「精霊モスは、人を愛し、人を守る精霊なのですわ」
マルは、落ち着いた声で語り始めた。
落ち着いているのはそれもそのはず。
散々、泥だらけになりながら、そこら中をゴロゴロと転げ回った後だからだ。
要するに、散々遊んで満足した犬だからである。
もし飼い主的なものがいたとしたら、その乾いていく泥がこびりついた、真っ白だったとは予想もつかない毛の塊を見て、今日の風呂の時間を思って戦慄する事だろう。
「かつて、魔女に捕えられた土の精霊モスは、水の精霊の水流に乗って魔女から命からがら逃げる人間達を見て、魔女の前に飛び出していったと言われていますわ」
ハニトラとユキナリも、泥だらけで土の上に寝転んだまま、話を聞いていた。
ハニトラは結局全裸のままだ。
グニグニとした土の感触は、いっそ気持ちよくもあった。
「土の盾を展開し、守った土地こそが、将来首都になったところだ、とも言われていますの」
「土の盾」
どーんとした土壁を思い浮かべる。
それは確かに、強そうだな。
「それからは、火と風が喧嘩する時も、水のお怒りが冴え渡る時も、仲裁するのは土の役目なんですの」
なるほど。
かつてペケニョの村にあった紳士的なおじさんの像を、そして祝福を受けている時に光の中で見たおじさんの姿を思い浮かべる。
あのおじさんも、苦労人なんだな。
「いや、ちょっと待て。じゃあ、精霊4人ってのは、土、風、火、水の精霊なんだな」
なんでもなく言うと、マルが土の上で肉球の前足をバタバタさせた。どうやら、憤慨している様だ。
「そこからですの!?ユキナリ様は、もっと体系立てて学んだ方がよろしいのではありませんこと!?わたくし、土の上じゃなかったら、もっと怒っていたところですのよ?」
ユキナリは、そこで、ゴロリと天上を見上げた。
木々が揺れ、その向こうに青い空が見える。
土はひんやりと、それでも包み込む様にユキナリの下で広がっている。
「ふっ」
とユキナリが笑う。
「確かに、土の上で寝てると、怒る気も失せるよな」
「そーだねー」
呑気な声が、ハニトラの方から聞こえる。
マルの方からは、また憤慨するようなゴロゴロの気配がした。
今後の風呂の事を思うと少しうんざりするが。
そんな風に、自然を満喫しきった後、マルがおもむろに立ち上がる。
プルプルプル、と泥を振り撒く姿は、まるっきり犬でしかない。
「さて、では、始めますわよ」
なんか、さっぱりした顔してんな。
俺も、おもむろに立ち上がり、手で泥をこそげ落とす。
「おう」
土と仲良くなれたかはわからない。
けど、イメージは少し掴めてきた。
短剣を取り出し、刃に手を当てると、ふっと周りの音全てが消えた様な感覚がした。
精霊の姿を思い出そうとすると、やけに具体的に思い浮かぶ。
そうか。これは、精霊との対話みたいなものなんだ。
存在を信じ。
存在を認め。
力を借りる。
ユキナリは、静かな声で唱える。
「土を司る守りの精霊モス。力を貸してくれ」
犬と全裸少女と主人公が泥だらけというすごい状況です。




