53 土の精霊(1)
ユキナリが短剣をかざす姿を確認したマルは、ゆったりとそこに腰を下ろした。いわゆるおすわり状態だ。
ハニトラも、地面に座り、少しワクワクした顔でこちらを見上げている。
「まず、精霊に呼び掛けの言葉を」
「呼び掛け?」
「そう。なんでもいいけれど、精霊モスが喜びそうな、出てきてしまいそうな言葉がいいわ」
そういえば、ペケニョの神官は、何か言っていたっけ。
「"地中に住まう"?」
とかなんとか。
「ええ、いいですわ」
マルは、満足そうに……とはいかず、まあ妥協点だというような顔をした。
「地中に住まう、精霊モスよ」
マルが、辺りを見回す。まるで、空中に精霊が居るのが見えるかのように。
「悪くはありませんわね。では、短剣に意識を。次に願いを『力を宿せ』と」
言われ、ユキナリは空いている左の手のひらで刃に触れる。
「力を宿せ」
結果的に、それは失敗ではなかった。
短剣の刃が光り、そして…………。
短剣の先から、何かがぽろぽろとこぼれる。
「これ…………」
ユキナリは、落ちて行くパラパラとしたものを見た。
「砂?」
「………………ええ」
マルが、落ちた砂にモフモフの白い前足で触ってみせた。
ハニトラが、「おお?」と面白いものでも見るように砂を覗く。
「えっと……。これが……?」
正直ユキナリには、これが何に役立つのか分からず、戸惑う。
「まあ、こんなものですわね」
ツンとしたマルの表情を見るに、つまり。
「俺の……力が足りないってことか」
とほほ、と肩を落とす。
マルは、ユキナリにピシッと言い放つ。
「ユキナリ様に足りないのは、気持ちですわ」
「気持ち?」
「ええ。精霊を敬う気持ち、ですわ」
マルは、立ち上がり、講釈を始めた。
……説教とか好きそうな犬だよな。
ピシッと出した前足の肉球が見えた。
「相手は精霊。言葉はなんでもいいのですわ。ただ、それに乗る気持ちは本物でなければ」
「といってもな……?」
「ええ。なのでわたくしが、精霊モスの話を、してさしあげます」
「あ、どうも、ありがとうございます」
まあ、これは有り難い事、だよな。
こんな事、俺一人で気付いて、身に付けろって言われても、きっとどうしていいかわからなかったから。
「さて、まず、更に土とお友達になりますわよ!」
そう言って立ち上がったマルは、柔らかそうな土の山の中へ、ダイブした。
「!!!!!!??????」
マルが、ゴロンゴロンと土の上で転げ回る。
…………犬かよ!?
「キャハハハ!」と笑ったハニトラも、服を脱ぎ捨て、土の上でゴロゴロし始める。
おいおいおいおいおい。
「さあ、ユキナリ様も!ほら!」
いつになく目がキラキラじゃねーかよ。
やっぱお前、犬だろ!?
けど……。
土まみれの二人を見下ろす。
ここで土と友達になっておかないといけないのは、そうらしい。
心を決めると、ユキナリは、
「えいっ」
と言いながら、土の中へ飛び込んだ。
みんな泥だらけ!




