50 犬(3)
「…………」
目を見張る。
最初に思ったのは、よくあんな口からこんなはっきりした喋りが出来るなって事だった。
「喋れるんだな……」
丸椅子に座ったままそう呟くと、犬は、その肉球の足でくるりと一周まわり、シュンとした顔をした。
「わたくしは、賢者マルチネス。獣人ですわ」
とはいえ、立ち上がるわけでもなく、人型になるわけでもなく。
…………見た目は全くの犬だが。
正直、それほど驚く事でもなかった。
……素っ裸で登場したり、身体から刃物生やしたりと比べれば。
「賢者?」
マルチ…………マルチーズじゃなく……?
「ええ。世界を研究しておりますの」
……声からして、女、なのか。
10代くらいの声が、犬の口から発声するなんて、おかしなものだな。
「うん。マルな」
「……マルチネスですわ。……あの……、申し訳なかったと思っておりますわ。……会話できるのに、まだ、人間が怖くて……」
「あ〜……」
囚われていた時の姿を思い出す。
まあ、あれじゃあな。人間全てを信用出来なくても仕方ないか。
「けどわたくし、ユキナリ様は信用したいと思っておりますの。わたくしを助けてくださった方ですもの」
そう言うと、マルは真剣な顔を上げた。
「わたくしも、一緒に連れていってくださいませ」
うお……。
キラキラした真っ黒な目が、こちらをウルウルした目で見つめる。
その犬の魅力を最大限生かした目は、ちょっとずるいんじゃないか?
俺だって、これには弱いのだ。
かつての相棒、ルナを思い出してしまう。
ユキナリは、引き気味でマルを見た。
ハニトラは相変わらず、む〜〜〜〜っとした顔で、マルをつまらなそう見ている。
「その……戦えるのか?」
「ええ。わたくしの武器は、この知識にあります。けれど、専用のナイフを作ってくだされば、そこそこ戦えますわ」
「専用の?」
「ええ。この手では、普通のナイフは持てませんもの」
「……ああ」
「ユキナリ……っ」
そこで初めて、ハニトラが口を挟んだ。
「こいつ……連れてくの……?」
不安そうな声。
ハの字に曲がった眉。
「……ああ。戦えるやつが入るのは、いい事だと思うんだ」
「けど私裸の女がユキナリのそばに居るなんて耐えられない……!」
裸て。
思いながら、マルの方を見る。
あ〜……、確かに服は着てない、か?
けど、お前こそ素で裸族なんだが?
「嬉しいですわ」
「ああああああああああ!」
そこで、ハニトラが割って入り、マルに飛びかかった。
おいおいおいおい。
お前の方が狂犬じゃねえかよ。
「待て待て。ほら、お前の故郷だって、わかるかもしれないんだぞ」
ハニトラがピタ、と止まる。
「あら」
マルが肉球でハニトラの顔を押し退けながら言う。
「あなたって、あの森の種族ではなくて?」
「知ってる、のか?」
「あの弱弱弱弱弱弱種族でしょう。場所くらい教えてあげるから、早く森へお帰りなさい。ユキナリ様の事はわたくしに任せて」
おいおい。
その言いように、ハニトラが涙を浮かべながら、マルを振り回す。
「ユキナリ!この獣、早く服着せて追い出して!」
「服、って言われてもなぁ」
どう見ても犬にしか見えないやつに、服は……どうなんだ。そもそも売ってるのか?
考えあぐねていると、二人がすぐに取っ組み合いを始めた。
「獣〜〜!ユキナリに色目使わないで!」
「弱弱弱弱弱弱種族のあなたこそ、ユキナリ様の役にはたってないんじゃありませんこと?」
……相変わらず力のない、ムニムニ感が高い取っ組み合いだ。
ユキナリはどうする事も出来ず、ただその取っ組み合いを眺めるばかりだった。
二人目のヒロインが正式加入ですね!




