5 異性に好かれなくなる呪い(1)
その日その瞬間から、ユキナリの新しい生活が始まった。
精霊モスを信仰している教会だというその場所に、しばらく住まわせてもらう事になった。
精霊モス。
そんなもの、聞いた事がない。
そして、聞いた事がない事こそが、ここが異世界なのだと確信する理由にもなりそうで、より一層憂鬱になる。
とはいえ、自分が異世界から来たらしい、という話を誰かにする事はなかった。
「ここはアンリエイルの東のはずれにある小さな村だ。ローパの町まで出れば、地図もあるだろうし、もしかしたらお前の故郷がどちらの方角にあるかもわかるかもしれないよ」
「はい。けど、俺、無一文で。拾ってもらったお礼もありますし、少しは恩返しがしたいんです」
そう言うと、神官はいつでも微笑んだ。
実際、ここでのんびり暮らしてもいいかと思っていた。
スローライフ系の異世界転移もありなんじゃないかと思っていたのだ。
ペケニョは農業を生業にしている村だった。
梨のような果物畑や、麦畑を持っていた。
……向こう側に広がっている草原かと思っていた緑の原は、全部麦畑だったのか……。
手触りのいい土。手触りのいい草。
農業どころか植物を育てる事さえやった事はなかったが、なかなか悪くない体験だった。
あの瞬間までは。
「んう〜〜〜〜〜っ」
この場所へ落とされてから1週間、気持ちのいい朝が続いていた。
電気はないものの、ガスだか油だかの燃料はあり、夜はランタンを使えるので、明かりに困る事はなかった。
服は、近所のおじさんが着古したものだからと、作業用のつなぎをくれた。
朝は、麦畑で雑草取り、昼は教会の掃除、夕方はご老人の家の手伝い等をやらせてもらい、悪くない毎日が続く。
12軒の家からなる村の人達もよそ者に優しく、正直、こんな生活が毎日続いてもいいんじゃないかと思っていた。
その日も、青くしげる麦畑へ向かう為、一人歩く。
すると、向こうから、卵を持った女性が歩いてくるのが見えた。
あ……。
ここへ初めて来た時、俺が訪ねた家の……。
この世界で、初めて会った女性だった。
ちゃんとお礼がしたいって、思ってたんだよな。
「デボラさん」
神官に聞いていた名前を口にする。
すると、デボラさんはにこやかにこちらへ挨拶してきた。
「あら、もうお加減はいいんですか?」
「はい。今は教会に世話になっていて」
「あの時はほんと、ビックリしたんですよ」
明るい笑顔が好ましい人だ。
「それで、デボラさんには改めてお礼がしたいなって」
「あら、そんな。お礼だなんて」
「俺……持ち合わせがなくて……。けどもし何か、力仕事とかあったら、」
「大丈夫ですよ」
え……?
俺の言葉に、被せ気味に断られた……?
「…………」
少しギョッとしたけれど、デボラさんはニコニコと笑顔のままだ。
……何かの勘違い、だよな。
怯まずに会話を続ける。
「もし、何か仕事ができたら、教会に居るのでいつでも、」
「大丈夫ですよ」
デボラさんがニッコリと笑う。
…………これは、何かが確定的だった。
精霊モスの加護のおかげで、農作物には困りません。