45 海が見える丘(2)
それが教会だとわかったのは、屋根の上に鐘楼が乗っていたからだ。
鐘にはその教会で崇めている精霊が司るものが巻かれているらしい。遠くてよくは見えないが。
確かに、ペケニョの村の教会の飾りとは、雰囲気が違うだろうか。
ペケニョの鐘の方が落ち着いている感じがする、ような?
その小さな教会は、開けた丘の上に建っていた。
遠くに広がる海が見え、潮の香りが流れてくる。
裏手に、使っているらしき井戸や馬小屋があるところを見ると、誰かが居るらしい。
その教会がぽつんと建っている姿は、なんだか絵になるというか。
まるで、国から追われた王女様が、シスター姿で一人慎ましく住んでいそうな場所だった。
だから、その教会から一人の落ち着いたワンピースを身につけた女性が出て来た時、一瞬本当に、そんな人がいるのかと思ったんだ。
「あ、こんにちは」
「あらあら」
その初老の女性は、優しそうな笑みをこちらへ向けた。
「あの……、ちょっと迷子になってしまって」
俺達の泥だらけの姿に驚くでもなく、嫌そうにするでもなく、受け入れてくれそうな雰囲気だ。
そしてその予想は、
「それはいけないわねぇ」
間違ってはいなかった。
「まあ、入りなさいな」
「ありがとうございます」
廊下を歩き、小さな部屋へと通される。
椅子とテーブルがあるところをみると、応接室だろうか。
椅子に座らせてもらう。
犬は、ユキナリの足元にピッタリとくっついて座った。
その姿を見たハニトラが、犬をゲシゲシとつま先でつついたけれど、犬はふいっとそっぽを向いた。
出来るだけ椅子が汚れない様に座る。
「あなた達、今日はどうしたの?」
ティーポットにお茶を入れて来たおばさんが、笑顔のままで尋ねる。
「俺達あの……、港の方に行く予定だったんですけど」
「ああ」
おばさんは、窓の外から見える海を、見るともなく見た。
「ここからだとまだ距離があるわね」
おばさんは、困った様に手を頬に当てた。
「方角だけ教えてもらえれば、なんとか辿り着けるとは思うので」
「とはいえ、ね」
おばさんが、俺達を見回す。
「土の子と、」
そう言いながら、俺を見た。
「可愛らしい女の子と、」
そして、ハニトラを。
「可愛らしいワンちゃん」
犬を。
「土の、子?」
「ええ。あなた、あのおじさんの祝福が宿っているわね」
「精霊……モス……?」
そう自分で言ってから、確かにペケニョの村で、祝福してもらった事を思い出す。
……何かのおまじない、くらいにしか考えてなかったけれど。
「それって何か……効果があるんですか?」
「もちろん」
女性は、思いの外、楽しそうな顔を見せた。
「土の精霊モスの加護がある。土が力を貸してくれる事があるでしょう」
言われて、ふと思う。
「ニンジンが抜けやすかったり……土の上に置いてある丸太が運びやすかったり……?」
「ええ」
女性がにっこりと笑った。
「そういう事もあるでしょうね」
なるほど……。
モスは土の精霊だったわけだ。
精霊の力は、思ったよりも凄いかもしれないな。
次回はハニトラの話になるでしょうか。




