44 海が見える丘(1)
森の中だった。
方角も分からず、彷徨う事になりそうだった。
海の方へ出られればいいが……。
腕の中で震えている犬の事も心配事の一つだった。
もうすぐ日が昇る。
完全に明るくなる前に、霧に紛れてここから離れなければ。
「ハニトラ、歩けるか?」
「うん」
ハニトラの目は強い。
そして、どうする事もできず、俺達はただ、ひたすらに歩いた。
日が出てからは、それほど困る事は無かった。
相変わらず、森から出る事は出来なかったけれど。
「これ、食べられる」
そう言いながら、ハニトラが色々と取ってきてくれたおかげだ。
木の実に、山菜のような草。
それに、何処からか、鹿のような動物まで。
「えっと……」
ここまでしてもらったのだから火起こしくらいやらないとな。
鞄の中から、キャンプセットを取り出す。
色々揃えておいてよかったな。
食器や火起こしの道具まで、しっかりと持っている。
まさか、こんなに早く使う日が来るとは思わなかったが。
着火剤。火打ち石らしきもの。
それに、ハニトラが食料を探している間に拾ってきた木材。
火をつける時は、確か、空気が大事、とかってな。
カンカン!
思った以上に高い音で、火花が弾ける。
何とかなりそうだ。
ボウッ……。
「よし」
時間はかかったけれど、ゆっくりと燃え上がる。
「さてと」
……鹿を眺める。
「ハニトラ……。これ、調理できるか?」
「出来ない」
即答だった。
「けど、切ることなら出来る」
なるほど……。
血抜き……ってした方がいいのかな。
最終的に食べられるところを切り取ればいいんだろ……。
「じゃあ、ハニトラ。えっと……、この辺切れるかな」
と、元の世界でのなんとなくの動物の知識を総動員して、ハニトラに指示を与える。
なんとか、肉の塊にすると、棒に刺し、火で炙る。
味付けは、鞄に忍ばせていた塩だ。
まあ、塩だけだけれども、十分イケるだろう。
食べごろになると、味見をしてから、まだ震えている犬に取り分けてやる。
「ヒィンヒィン……」
と、食べ物を見るなり、鳴き声が激しくなった。
怖がっているのか、まだ垂れ下がったままの尻尾を眺めつつ、身体を撫ぜた。
「だよな。お前も食べたいよな」
犬は、フンフンとひたすらに肉を嗅ぐ。
最終的に、口に入れたのでホッとした。
これで、一安心、かな。
ガツガツと食べ、なんとか腹ごしらえが済む。
出来るだけ火の気配を消し、また、歩を進めようとした時、犬が地面に降り立った。
腹を膨らませて、少し元気が出てきたのだろう。
地面をクンクンと嗅ぎ、道案内をする様に、
「ワン!」
と一声鳴いた。
「そっちだって、いうのか?」
フッと笑う。
ユキナリの後ろで、ハニトラが少し苦い顔をした。
そこから何時間歩いただろう。
突然、開いた場所に出た。
「家……?」
開けた丘の上。
ただ、一つの家が建っている。
「教会、か……?」
ハニトラの銀の髪が、丘を渡る風に煽られた。
……こいつは、町より自然の中の方が絵になる、か。
そんなハニトラを見ながら、ふとそんな事を思うのだった。
ハニトラちゃんは生でペロリなので、調理の仕方を知っているわけがないんですよね。




