4 俺が異世界に落ちる事になったワケ(3)
身体が震えたけれど、希望を捨てることができなかった。
ユキナリはただ、そこにある小さな家の木戸を叩いた。
コンコン、と、扉は思ったよりも軽い音がした。
カチャリ、と人が出てくる。
ドキリ、とする。
女性だったけれど、それはどう見ても、日本人ではない。
歳の頃は、ユキナリより少し歳上だろうか。
三つ編みに、着古したエプロンという出で立ちだ。
「え……と、冒険者の方ですか?」
女性がそう言った瞬間、サッと血の気が引くのが分かった。
こんな日本らしからぬ家に住んで、この女性は“冒険者”だなんて、ファンタジーな言葉を使う。
何よりも、その女性が使う言葉は、聞いたことも無い言葉だった。
それなのに……意味がわかる……。
吐きそうになる。
頭がガンガンする。
頭の奥で、白い幕が下りようとする中、
「迷子に、なってしまって」
となんとか言葉にするなり、ユキナリはその場で倒れ込んでしまった。
「えっ……、大丈夫ですか!?」
心配そうにする女性の声が頭の中に響く。その感覚を抑えながら、そのまま気を失った。
熱い。
頭が、熱い。
まるで、知らない事物が勝手に頭の中に入って来る様だ。
頭が、回りすぎているのかガンガンする。
インストール中のパソコンはこんな気分なんじゃないだろうか。
勝手に頭の中をまさぐられる感覚。
気がつけば、知らない天井だった。
木製の頑丈そうな天井。
どうやら質素な木製のベッドに寝かされているらしい。色褪せたシーツのゴワゴワとした感触が肌に痛い。
周りを見ても、小さなサイドボード以外は、特に目に入るものはない小さな部屋だ。
頭を起こすと、丁度良くドアがガチャリと開き、一人の男性が入ってきた。
そこそこ年齢を重ねた雰囲気から見て、50代くらいだろうか。
ゆったりとしたローブに、身長よりも長い木製の杖を身につけている。
「あ、の……」
声を出す。
その声は、おかしな事に聞いた事のない言葉だった。
けれど、理解できる。
まるで、日本語みたいに。
ふと、あの女の言葉を思い出した。
『言語能力』
…………これが、そうだっていうのか。
「ここは、ペケニョの村。……記憶はあるか?」
……理解できる知らない言葉。
理解できる事に違和感はあるものの、頭が痛くなる事はもうなさそうだった。
慣れれば、この違和感も消えてしまうだろうと予測が出来た。
「……あ、俺は、イトウユキナリ。記憶はあるんだが、知らない女に……ここに送られて……」
知らない言語を話す自分に戸惑い、いささか辿々しく言葉を紡ぐ。
「知らない?」
「ああ……。黒い服の」
「まさか…………」
うむ……と男が、特に髭が生えているわけでもない顎を触り、何か考え込む。
そして、何か言いづらそうに、
「カタライ……」
と呟いた。
カタライ。
その言葉には聞き覚えがあった。
「あの女も……そんな言葉を……。カタライ……」
すると、男性が途端に同情する様な表情になる。
「カタライ。それは魔女の名だ」
「魔女?」
「魔女カタライ。美しいモノの収集家。自分が気に入ったものがあれば、それが誰のモノであれ、この国に閉じ込めてしまう。この国……アンリエイルの支配者だ」
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