33 野宿(3)
「あの……服、着てもらえるかな」
そう言うと、キョトンとしたハニトラは、草陰から、荷物を持ってきた。
持ってきた時には、すでに右足は普通の人間の右足だった。
…………まさか、右脚までその草陰に隠していたんじゃないだろうな……?
荷物は、何着か追加で買ったものを袋にしまい込み、その上に、気に入っていたらしいあの白のワンピースと赤い上着を、丁寧に畳んで置いていた。
倒れていた木の幹の上に丁寧にその荷物を置き、ハニトラが服を着始める。
その脚のラインに、一瞬ドキリとした。
いやいやいやいや。
違う。これは脱いでるんじゃない。着てるんだ。
ぐるりと後ろを向いた。
周りでもどうやら、猪騒動は落ち着いたようだった。
暫くすると、
「猪焼くぞー」
の声と共に、肉を焼くいい匂いが漂ってくる。
そうだ。ここに倒れてる猪も、あっちで焼いてもらうか。
こんなの運べないし、血抜きが出来るわけでもないしな。
ふっと後ろを向き、ハニトラがほぼ着替え終わっているのを確かめると、
「ちょっとあっちのグループ見てくるよ」
と声をかける。
「うん」
という返事がしたのを確認し、ユキナリは肉を焼くグループの方へと向かった。
グループを見つけるのは簡単であった。
匂いと火の気配を追えばいいだけなのだから。
森が切り開かれたような場所に出ると、そこはちょっとした宴会場のようだった。
中心には大きな焚き火があった。火を燃やすだけで、そこまで大きな火が出来上がるものかと思えるほど、燃え上がる火だ。
その中央で、燻るように猪が焼かれていた。
その周りでは、スペアリブらしき肉が焼かれている。
それを囲んでいるのは、あの丸太を押していた、屈強な力自慢の冒険者達だ。
向こうもユキナリを覚えていて、
「おお」
と声をかけられる。
「ちょっと待ってな。もうすぐ焼けるから」
「え、貰っていいんですか?」
「当たり前だろ」
と、年齢が二十は上であろう冒険者が力強い横顔を見せる。
「全員が働いた結果、今ここでこの肉が焼けているんだ。全員に食べる権利がある」
そして、冒険者はニッと笑うと、
「それに、こんなに俺達だけで食べきれないからな。だったら、いろんな人間に恩を売っといた方がいいだろ」
なるほど、確かにそうか、と思う。
「お前も肉は食っておけ。土いじりばかりじゃなく、な」
土いじり?
確かに、けっこう長期間、麦畑と向き合ってきた自覚はあるけれど。
そんな匂いってするものなのか……?
くんくんと、袖を嗅いでみる。
そういえば、洗濯はあんまりしてなかったな。
結局、大量にスペアリブを貰って、ハニトラの所へ戻る。
そういえば、こっちの猪の話しそこねたな。後でまた顔出しておくか。
なんて考えていた、のに。
ハニトラが倒した猪が倒れているはずの場所には、猪の姿がなかった。
……!?
まさか、起き上がったのか……?
血痕が残っているところを見ると、幻、ではなさそうだ。
けれど、ハニトラに変わった様子はなく、木の幹にのんびりと後ろを向いて腰掛けている。
「ハニトラ?」
「……!」
ハニトラが、慌てて振り返る。
顔を真っ赤にして、両手で口を抑えている。
………………え。
まさか…………………………。
「ちょ、ちょっと、お腹、空いてて」
その慌てっぷり。
まさか………………。
まさか…………………………な?
食べたとしか思えないこの状況。まあ、人間じゃないですからね。




