26 ハニー・トラップ(3)
馬車は走る為に続いていく道の向こうには、森が見えた。
それほど暗いわけでもなさそうな、緑の森だ。
道程は遠いけれど、行けない事もない。
森を凝視する。
馬車のおじさんが言った事が、決め手になる。
「途中、盗賊に気をつけろよ。まあ、中級行けるなら困らんとは思うが。時々いるからな。人間は無理ってヤツも」
盗賊……?
大丈夫なのか?
武器も持たない裸族だぞ?……盗賊にカモにしてくれと言っているようなものじゃないか。
いなかったらいなかったでいい。
仕方ない。
ユキナリは、短剣が腰にある事を確かめ、森への道を走り出した。
森の中の道も、いつも馬車が通っているからか、どこかスッキリする道だった。
木や草を避けていくからか、道は見通しも悪く、グネグネしてはいるけれど、一本道だ。
「おーい!」
……結構早足で来たけど……、いないな。
ひとまず、中級ダンジョンの入口まで行こうと、更に足を早めた時だった。
木々の間から、銀色の髪の女の子の姿が見えた。
「あっ」
少々悩んだ末、
「おーい!」
と声をかける。
すると、女の子が、振り向いた。
銀色の髪が木漏れ日に揺らめく。変わった癖っ毛が、まるでスローモーションみたいに。
女の子は、ちゃんと服を着ていた。
それを見て、よかった、と思う。
こんな場所だし、もしかしたら裸なんじゃないかと思っていた。
苦々しい顔をされたら、どうしようかと不安になった。
けれど、女の子は、嬉しそうに笑ったんだ。
なんでだよ。
なんでちょっと嬉しいんだよ。
なんだか泣きそうになる。
こんな気持ちは、この世界に来て初めてだった。
その時だった。
女の子の後ろで、何かが光るのを見た。
それは、鏡のような何かが、陽の光に反射する光だった。そう、例えば……、金属の様な……。
その瞬間、嫌な予感がした。
ピシュン。
甲高い音がしたかと思うと、女の子の顔が歪んだ。
女の子の向こう側の木々の間から、木や毛皮でカモフラージュしたマントの様なものを被った男達が、5人出てきた。
嘘だろ…………。
本当に、盗賊……!?
目を見張る。
その男達は、見るからに悪者の顔をしていた。
低い声で、口々に笑う。
「ありゃあ、かわいい女の子じゃないか」
「こりゃあ高く売れそうだ」
人身売買……?
嘘だろ……。
男達は皆、手に銃のようなものを持っている。
それは、俺が持っている短剣とそれほど違わないサイズだろうか。口のところがラッパの様に広がっている。
女の子が、うずくまった。
あれで……撃たれたのか…………!?
ここで飛び出しても、二人で捕まってしまうだけだ。
どうするどうするどうする。
ただ、男達のヒィヒィ笑う声が聞こえる。
「売る前にお楽しみといくかぁ?」
「とりあえず、腕とか脚とか切り落としとくか。その方が楽だ」
「またかよ。高く売れなくなるだろが」
そこで動いたのは、女の子の方だった。
ゆっくりと立ち上がると、盗賊の方へ向き直る。
「これは…………!すごく大事なものなの!!私の為にって買ってくれた、大事な服なの!!!!」
え……?
服…………?
そんなものの為に、あんな男達に楯突くっていうのかよ。
やめろよ。
やめろ。
「そんなものの為に……ダメだろ…………」
身体が震える。
「やめろよ……」
銀色の長い髪が、遠ざかろうとしている。
何も考えられず、身体が勝手に動いた。
「待て!待ってくれ!」
一瞬躊躇し、それでもそう呼ぶしかなかった。
「ハニー・トラップ!!」
それを自分の名だと認識したハニー・トラップは、こちらに振り返り笑顔を見せた。
「そんな服、いくらでも買ってやるから。無茶な事はしないで欲しい」
けれど、ハニー・トラップは、
「大丈夫だよ。私の事なら」
そう言い置いて、また盗賊へ向かって行く。
短剣を躊躇なく抜き放ち、ユキナリは走り出した。
ダメだろ。
もしかしたら強いのかもしれない。
けど、そんな確証のない事で、あんな奴らに一人向かわせる事なんてしちゃダメだ。
今あるのは、ただの期待だけだ。
それでもし、ハニー・トラップが死んでしまえば、きっと後悔するから。
男達が、ニヤついた顔のまま、ピシュン、ピシュンと銃を撃つ。
それは、その銃が放った一つだった。
ピシュン。
音がした瞬間、ハニー・トラップから、何かが、ユキナリの方へボトッと落とされた。
え…………?
それは、まるで最初から取れるものであったかの様に、ただ、そこへ投げ出された。
何かの液体を撒き散らしながら。
ユキナリの目の前に、細く白い腕が、ただ、落ちていた。
なんとこの世界には、銃もあります!
弾を撃っているわけではなく、殺傷能力は使用者によります。




