25 ハニー・トラップ(2)
それは俺が、朝呟いた言葉だった。
「本気かよ…………」
本当に……名前がないんだな……。
なんとも言えず、言葉を失う。
冒険者になってしまったからには仕方がなかった。
あのゆるゆる動くゾンビ達を二人がかりでなら、どうにかなりそうな気もした。
「俺、今のうちに依頼書掲示板、見てくるよ」
そう言って、カウンターから離れる。
今日一日は、一緒にダンジョンに入って俺が戦えばいい。
武器代と宿泊代を稼いで。
きっと、どうにかなる。
依頼書掲示板を物色する。
初心者ダンジョンの内部地図……?
どうやら、冒険者ギルドが出したその依頼は、内部がどうなっているのか知りたいというもののようだった。
これなら出来る。
幸先はいい。
そう、思った。
くるりと後ろを振り向く。
「あれ?」
朝なので、人もまばらなギルドの中。
食事をする為のテーブルが並んでいる。
その向こう側にカウンターが見える。
ダニエルが、困った様な顔をしている。
…………女の子は、何処だ?
トイレ?
ついさっきまで、そこに居たのに。
自然と、早足でカウンターへと向かっていた。
「ダニエル」
「……はい」
いつもの笑顔はどこにいった?
なんだか、嫌な予感がした。
「あの子は?」
「それが……」
ダニエルが、やはり困った表情を浮かべる。
「中級ダンジョンに向かうって」
「…………え?」
目の前の景色が揺らぐ。
「何言って……」
本当に戦えるのか?
もし戦えるとして、武器無しで?
いや、待て。
あの女の子がいなくなって、困るような事なんて、ない。
冒険者の登録料を、払わされたくらいで。
それ以上の被害はない。
探す義理もない。
「あなたを待たなくていいのかって止めはしたんですけどね」
それでも、俺はいくらか不安な顔をしていたんだと思う。ダニエルは俺の顔を見て、
「中級ダンジョンは、馬車に乗らないといけないから、すぐに会えますよ」
と、慰めるような事を言った。
ダニエルに馬車乗り場の場所を聞いて、そこへ向かう。
大丈夫だ。アイツは金なんか持ってないから。
……いや、何が大丈夫なんだ。いいじゃないか、居なくたって。
きっと、馬車乗り場でウロウロしているに決まってる。あんな世間知らずの女の子なんだから。
もしかしたら、あの冒険者登録料を盗るのが目的の、ハニートラップだったのかもしれないし。
追いかける必要なんてない。
追いかける必要なんて……。
「すみません……っ」
中級ダンジョン行きの乗合馬車を見つけ、御者台に座っていたおじさんに声をかける。
「銀髪の女の子を、探してるんですが……!白いワンピースに、赤い上着の……」
息が上がる。
……俺、いったい何やってんだ。
馬車の中には、居そうにはなかった。
ほら。
きっと。
やっぱり騙されたんだよ。
袖で汗を拭いながら馬車の中を見渡す。
焦っているのか落ち込んでいるのか、なんなのか自分でも掴めない気持ちを抱えたまま、引き下がろうとした瞬間だった。
「ああ、その子なら、」
ビクッとする。
そんな情報、聞きたくはなかった。
嘘であってほしかった。
「歩いていくって、一人で森に入って行ったよ」
さて、二人は再会出来るでしょうか。




