24 ハニー・トラップ(1)
「外に出る時は、服着て!!」
いい加減、他人に対する遠慮というものも薄れてきていた。
あ〜〜〜〜!びっくりしたびっくりしたびっくりした!!!!
流石に、突然目の前にアレを出されると、すごいびっくりするな……。
なかなか無い体験に感慨深くなる。
「けど、これ大事なのに……」
なんて言う女の子を説得し、また服を着てもらう。
頭の中で、人間が服を着る理由をクルクルと考えつつ、冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの食堂で、朝食にパンとスープを買う。
深い甘みのあるもこもこのパンと野菜スープ。
ここ数日でいえば、なかなかに贅沢な朝食は銅貨1枚。
カウンターに肘をつく。
目の前には、にっこりと笑うダニエルだ。
「ある村の場所を知りたいんだけどさ」
「はい、どこでしょう?」
「チュチェスの村っていうんだけど」
すると、ダニエルが「う〜ん」と悩む顔をした。
「聞いた事がないですね。冒険者ギルドでも地図は作成しています。探してみますね」
「ありがとうございます」
そこで、ダニエルは、大きな一枚の紙を広げてみせた。
それは確かに、この国の地図らしかった。
西の端にローパの町、そこからほど近くにペケニョの村が書いてあるのが見える。
ペケニョほど小さな村が書いてあるくらいだから、かなり網羅されているような気がするのに。
「この国では、教会のものと肩を並べるほど詳しいんですけどね。これも、全てが載っているわけではないですからね。閉鎖的な村も多くありますし」
との事だった。
どうやらこの世界……、少なくともこの国では、完全網羅された地図というのはないらしい。
教会と冒険者ギルドが、大きな地図を作っているという事か。
「じゃあさ」
この質問をしてもいいのか悩みつつも、ユキナリは口を開く。
「裸族って……近くにいるかな?」
「はい?」
白い歯を覗かせた笑顔が魅力のダニエルでさえ、この質問は面食らったようだった。
「裸で暮らすって事ですか……?……聞いた事がないですね……」
それはさっきと同じ台詞だったけれど、顔はさっきよりもずっと真剣な顔つきだった。
「……ないなら、いいです……」
あまり怪しい人間だと思われる前に、ここは引いておこう。
「じゃあ、今日も初心者ダンジョンでお願いします」
「はい。ゾンビの洞窟ですね。そちらのお嬢さんは冒険者リストにはないので入れませんが、登録はされなくて大丈夫ですか?」
それは、無理というものだ。
なんといっても財布の中は、銀貨5枚と銅貨1枚。
ここでこの女の子を銀貨5枚で登録させれば、俺が飢えてしまう。
けれど、女の子はといえば、
「私、けっこう戦えるよ」
と自信ありげな目でこちらを見た。
「いや、大丈夫だよ。俺一人でもやれるから」
そう即答すれば、ダニエルがシラッとした顔でこちらを見た。
俺がほとんど戦えない事を知っているダニエルの思考が、めちゃくちゃに顔に出ていた。
女の子は、そんなダニエルと俺の顔を見比べ、サッと青くなる。
「もしかして……お金、ないの……?」
「あ、いや」
否定する俺の前で、服をぎゅっと掴むと、女の子はその服を脱ぎにかかった。
「うわわわわわ」
必死で止める。
上着の前をがっつり閉じるように掴んだ俺を、その深い青い目が射抜いた。
「お願い、ユキナリ。私が戦うから」
まっすぐな目は、嘘をついているようには見えなかった。
拒否するなんて出来なかった。
それにもしかしたら、鶴の恩返し的な何かを、この女の子は持っているんじゃないかって一瞬期待してしまったんだ。
冷や汗が、頬を伝う。
「あ…………ああ」
俺はそこで、ダニエルに銀貨5枚を差し出した。
ダニエルが差し出した登録用紙を見て、その女の子はなんでもないように言う。
「あ、私、文字が書けません」
そんな冒険者も多いのか、ダニエルはそのまま自分でペンを取った。
「お名前は?」
銀髪が流れる、整った顔でその子は言った。
「ハニー・トラップ」
『冒険者リストにはない』というのは冒険者ではない人に対する冒険者ギルドの決まり文句です。実際にはその場で本人に冒険者判定をしており、リストを見ているわけではありません。




