229 最終話 静かにしろよ、ハニー・トラップ!(3)
『父さん、母さん、ごめん。俺、帰れそうにないや』
ユキナリは、手紙にそう書いて、一つ息を吐く。
どこにも届く予定のない手紙だった。
けれど、書かないわけにもいかなかった。
これが、ユキナリにとっての一つの区切りというものだった。
星が輝く夜だった。
何もない広い草原の中、一つぽつんとある切り株に、ユキナリは座っていた。
傍らにはハニトラが地面に足を伸ばして座っている。
祭りももう3日目になる。
流石に疲れてきたのもあって、みんなの視線をかい潜り、ここまで二人で逃げてきてしまった。
何もない場所な割には、星あかりで居心地は良かった。
揺れる草の上を、ハニトラの楽しそうな声が渡っていく。
「それでね、そのフワフワキャンディをイリスが作ってくれて。明日はその出店を出すから、ユキナリはその時に来て欲しいって」
話は取り留めもなく、色々な話へ切り替わる。
「あれ、それは何?」
そこで、懐へ入れておいた両親への手紙をハニトラが見つけた。
「ああ、これか。……元の世界に居る両親に、手紙、書いてみたんだ。出せるわけじゃないんだけどさ」
そう言って、照れ隠しに少し笑ってみせる。
「ユキナリの、お父さんとお母さん」
「ああ」
ハニトラも、父親と死別しているし、思うところがあるんだろうな。
「この場所で、大事な奴らが出来たんだって。元気で生きてるよって。知らせたいんだけどさ」
それは、なかなかこの世界では叶いそうにない事だ。
「大事すぎて、帰れなくなったって」
ハニトラがキョトンとユキナリを眺める。
「帰らなくて、いいの?」
「ああ。元々子供ってのは、親から離れて自分の居場所をみつけるもんだろ?たまたま、世界違っちゃったけどさ。もう、帰る気はないよ」
「へへ」と笑ってみせる。
その瞬間、ハニトラの顔がぐしゃっと涙に歪んだ。
がばっと抱きついて来る。
「私……っ!ユキナリの国の言葉覚えられるかなぁとか、ユキナリの国の料理覚えなきゃとか、色々考えて……!」
服がぎゅっと掴まれる。
「それにもし、万が一……、ひっ……びとりでがえりだいっでいっだらどおじようっで〜〜〜〜」
液体を丸くしたような、スライム状の涙がポロポロとこぼれる。こぼれた先で、丸く落ちていく。
「そんな事にはならないよ」
言いながら、変わった癖っ毛の髪に指を通し、ハニトラを抱きしめる。
そりゃあ、元の世界に大事なものがないわけでも、思い入れがないわけでもない。
けど、こういう旅になってしまって、ここで大切なものが出来てしまったのも、そうおかしな話ではないと思うのだ。
「少なくとも、ハニトラとはずっと一緒だから」
「ぅん〜〜〜〜」
その顔を見ようと、服から引き剥がすと、鼻の頭を赤くしたハニトラの碧い瞳がこちらを向いた。
吸い込まれそうな碧。
「きっときっと、味付けとかも違って、違う世界の住人だってご飯からバレるんじゃないかって。きっと私みたいな種族はここよりももっともっと珍しいから、魔女みたいなのにまた捕まったり、ユキナリと離れる事になったりしたらどうしようとか。それにそれに」
ユキナリは、そんなハニトラを見て「ふっ」と小さく笑った。
こんな二人っきりの場所で、ずっと一緒だなんて約束の言葉まで使ったにしては、情緒も何もないくらいよく喋る。
そこも可愛いとは思うんだけどさ。
「まったく、こんな時くらい」
ハニトラの頬に触れる。
ハニトラは、頬を舐められた子猫のようにキュッと目を瞑った。
「静かにしろよ、ハニー・トラップ」
物語はここで幕引きとさせていただきます。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
さて、次回はあとがき!




