226 ヒロインは火の精霊
サラは一人森の中、岩に座っていた。
密集した木々ゆえに暗い森だったけれど、サラのいる苔むした大きな岩を中心に、頭上から光が降り注いでいる。
サラは、疲れた時にここで休むのが好きだった。
火の気配がないおかげで、サラがここにいる事を悟られ難い。
静かに一人、風を感じられる場所だった。
別に、ルヴァがどうだのこうだのというわけではない。ただ、風を浴びると気持ちがいいという、それだけだ。
三つ編みにしている髪を解き、一つ息をつく。
その時、パキン、と近くで誰かが小枝を踏む音がした。
「……!」
サラが、くるりとした瞳を上げた。
風の教会のてっぺんで、ルヴァは頬杖を突いていた。
歩いて来るユキナリ一行を見つけて、スルリと地上に降り立つ。
「あのさ」
いや、出来るだけ真剣にならないように。ならないように。
「どした?ルヴァ」
「サラ、知らないか?」
「え、行方不明なのか?」
「いや、そうじゃないんだけどさ。最近……、昼間いないんだよ」
そうなのだ。
サラが、最近、昼間にどこかへ行ってしまうのだ。
「……風で探せないのか?」
「あ、いや……。危険があるわけじゃないから、サラを監視するような事はしてなくて……」
「俺達でできる用事があるなら……」
「違うんだ」
観念するように呟く。
「誰かと、会ってるんじゃないかと思ってさ」
そう言うと、ユキナリの顔がキョトンとした。
慌てて付け加える。
「あ、サラってさ、人に騙されやすいって言うか、前も連れ去られた事あるだろ?だから、また誰かに騙されてるんじゃないかって不安で!」
伝わったのか伝わってないのか、ユキナリが「ふ〜ん」という顔をする。ちょっとニヤついているところをみると、誤解されたんじゃないだろうな?そういうのじゃないんだが。
「心配なら、探しにいけばいいだろ?」
「…………だよな」
本当に密会だったらなんて思うと腹立たしいが、本当にそうなら放っておくつもりもなかった。
……サラのことだから、変な男に騙されてることもあるわけで。
一人になって、慌てて、風に問いかける。
サラは何処だ?
静かな風の中に、声が聞こえた。
森?
森の……奥。
どうしてそんな所に。
人目のつかない所に。
ムッとする。
これは本当に、密会の可能性があるんじゃないか?
風を起こし、一気に空へと舞い上がった。
サラに向かって、全速力で木々の間を飛び抜けた。
森の奥。
風が集まる場所。
見つけた。
サラは、大きな岩の上に居た。
それに近くに、誰か、居る。
なんだよアイツ。
男だ。
人間の男。
サラの絵を描いているようだった。
ムッとする。
「サラ!」
躊躇もなく、ズンズンと歩いて行った。
「え!?ルヴァ?」
「何してんだよ。そいつ、誰?」
尋ねると、「あはっ」なんて笑い声が返ってくる。
「この人は、ジャン。なんかね、ずっと私の像を作ってくれていたらしいの。『美しすぎて女神みたい!』ですって!」
「なんだよ、そんな薄っぺらい言葉に乗せられちゃってさ」
「なっ……。少なくとも一言も言わない殿方よりマシ……」
サラが言い終わらないうちに、ポカンと口を開けている男の前から、サラを捕まえ、空中へ攫っていく。
「えっ……?」
サラの赤い髪が靡いた。
森からズンズン上へ。高く高くまで舞い上がると、サラはもう何も言わなかった。
「あんな奴に笑ってみせんな」
「あー……、うん」
連れ去った場所が高すぎたのか、サラが妙にしおらしくなる。
そんなサラが珍しくて、ぼんやりとその顔を眺めてしまった。
「な、何よ」
「……いや、高すぎたかな、って」
「む〜〜〜〜」
さっきまでの顔はなんだったのかって思うくらい、サラの顔はすぐにプンスカになった。
「そうよ!早く降ろしなさいよね!!」
そんなに高い場所が苦手なら、まあもうちょっとからかってやろうか。
そんなちょっとしたラブな回、ってことで。




