225 ヒロインはスライム
あれから一週間。
首都に留まっているが、魔女はあれから姿を現すことがなかった。
魔女が居たはずの魔女の家も、精霊達を連れ確認しに行ったが、何もかもが消えていた。
魔女本人どころか、ベッドやテーブルといった家具も、ゴーレムがあった広い場所も、何もなくガランとしていた。
ただ、巨大なゴーレムのあった場所の床に、イリスのマスターの黒い染みだけが残っているのが、ここに魔女がいた事の証だった。
平和だった。
「お兄さん!ポップコーンいかが?」
女子が不必要なくらいに話しかけてくるようになった事以外は。
そして、
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ。
ハニトラが嫌な音を立てて首元を回るようになった事以外は。
……何か削られている気がする……。
元気になってる、というよりは怒ってるよなぁ。
「じゃあ、ひとつ」
「はぁい」
魔女の呪いは効いていた。まあ、今度は異性に嫌われるのではなく、好かれる呪いだけれど。
……これは、相手に好かれているのが呪いのせいかも、なんて悩んでしまうという悩ましい呪いではあるけれど、正直、魔女として何が面白いのか不明だ。
ポップコーンの紙袋を抱え、広場に座った。
首都では、復興作業がどこもかしこもで行われていた。
視線を巡らせれば、建て直される家や橋、補修される道などが目に入る。
ユキナリもその作業に明け暮れていたが、今日はもう特にする事もない。
「ほら、ハニトラ」
指でつまんだポップコーンを差し出すと、ポムッとハニトラが指ごと咥える。
「いてっ」
ピリッとした刺激が指先にあり、声を上げる。
最近、時々こういうことがあった。
ハニトラが、指から何か吸っているような感触だ。……雰囲気的に、怒っているような気もする。
生気を吸われるというほどではないし、ハニトラの栄養にでもなっているのなら、特に言うことはない。
夜は相変わらず、ハニトラとマルの間で眠った。
マルに好かれているという事が発覚したので、
「こういう事はよくないんじゃないか?」
とは申し出てみたものの、
「わたくしの仕事はユキナリ様をお守りする事ですもの」
なんて、提案は一蹴されてしまった。
夜。
ベッドに横になり、ハニトラの感触を確かめる。
「ハニトラ」
手に、ぷにんとした感触が乗る。
深い碧のコアを持つ、銀色のスライム。
正直、どんな姿であっても、ハニトラはハニトラだと思うし、一緒に居たい気持ちは変わらなかった。
「お前は?」
なんて、返事のない質問を投げかけて眠る。
チュンチュン。
窓の外で、鳥の鳴き声がする。
目を閉じているのに、眩しい。
朝、だ。
「ん……」
今日も朝から炎の教会の補修をしなくては。庭は一旦置いておくとして、今日は塀に取り掛かれるだろうか。いや、先に入口の階段の……。
ノロノロとそんな事を思っては、ユキナリは、ベッドの上、ハニトラの感触を求めて手を伸ばした。
むにゅん。
「…………え?」
なんだかいつもよりも、気持ちのいい弾力が……。
目を、開ける。
目の前の光景が信じられなくて、もう一度、
「え……」
と声を出した。
陶器のような肌。銀色のおかしな癖のついた長い髪。一糸纏わぬ女の子の姿が、そこにあった。
手の先を見て、
「ぅあ……っ」
と驚き、慌てて手を引っ込める。
感触は忘れないでおこう……。
「む……」
ハニトラが、眠りから目覚める。
銀色のまつ毛が震えて、ふっと開いた碧の瞳と目が合った。
「ユキナリ……」
呟いて、にへっと笑う。
そこで、何かに気付いたのか、ぱちっと目を開けた。
「え……?私……」
ハニトラが、自分の身体を見回す。
弾力のありそうな涙が、ハニトラの瞳で揺らいだ。
「ユキナリ!私……!」
「ああ!」
そのままユキナリが、ハニトラを抱きしめる。
「ハニトラ!大好きだ!」
明るくハッピーエンドな感じで!




