217 希望(3)
首都へ戻る途中、泊まった宿の廊下に、マルがじっと座っていた。
目を閉じてお座り状態……。近寄らないでおこう……。
何か悪い予感がしたのは本当だった。
「ユキナリ様」
通り過ぎた瞬間、後ろから声がした。
「は、はい」
心当たりがあるわけでもなんでもないが、つい声が上擦ってしまう。
ゆっくりと振り向くと、不満顔のマルが居た。
俺、何かしたか?
「聞いてましたわよ。イリスさんにプロポーズしているところ」
「あ、あれはプロポーズとかじゃ……」
「わたくしというものがありながら……!」
「あ……」
ユキナリはマルを連れて、宿の裏へ移動した。
特に塀などはなく、ひらけた場所に小さなベンチがあるのだ。
ユキナリがそこに座ると、マルもユキナリの隣へお座りの状態で座った。
声をかけたくなかったわけじゃない。
もちろん、これからも一緒に居るつもりだ。
けど。
ついあの事を思い出してしまうのも事実だった。
『好き』だと言われたあの事を。
あの『好き』は、考えれば考えるほど……、つまり、そういう『好き』だよな。
「ごめん。俺……、その前に、ただ謝りたくて」
マルは、その言葉でぷいっと鼻先を横へ向ける。
「ごめん。俺、マルの事……そんな風に思った事がなくて……。悪いんだけど、やっぱり妹とかそういう感じで……。恋人にはなれないから」
「…………」
流石にもうかつての相棒と似ているという感覚も、ペットという感覚もなかった。
けれど、心のどこかでどうしても“犬”だという気持ちが抜ける事はなかった。
少しの沈黙があった。
沈黙があるということは、うぬぼれではなく、そういう意味だという事だ。
「それでもよければ、一緒にいたい」
言ってから、虫が良すぎると思う。
けど、これを言わなくては、きっと後悔する。
マルをどこかへおいてはいけない。
出会った時の震えていた姿を思い出す。
あんな風にひとりぼっちになってしまう可能性は残しておきたくなかった。
「気にしすぎですわ。わたくしは、ユキナリ様が誰を心に置いているか知っておりますもの。だから、無理な事を言うつもりはありませんわ。わたくしは、ユキナリ様と仲間として一緒にいる事の方が、大切ですもの」
「…………ありがとう」
すでに、呪いがこのままならこのままでいいと思えるようになっていた。
山の中で、みんなと一緒に大きな家でも建てて、そこでスローライフもいいじゃないか。せっかく土の精霊の加護もある事だし。
畑でも作って。
店を構えるのもいいな。
ちょっとした夢に想いを馳せて。
その日の夜は更けていった。
229話+あとがきでいけたらいいな。




