213 ハニトラの色(2)
ユキナリがスライムを首に巻いて出てきたので、マルは目を見張った。
「な……なんですの、それ」
ユキナリは、首に巻いたハニトラに触れ、
「ハニトラだよ」
と返事をする。
「弱弱……さん?」
マルは鼻をひくつかせる。
据わった目でハニトラを見ると、
「お話はしませんのね」
と、投げ捨てるように言った。
「そんな姿で言葉も発しないなら、わからないじゃありませんの。本当に弱弱さんかどうか」
「けど、俺にはわかるんだ」
マルがぷいっと横を向く。
「まあ、こんなところにそんな希少種、二体もいないでしょうし、十中八九弱弱さんでしょうけどね」
なんて言ったマルのその瞳には涙が滲んだ。
鼻が利くマルが、人違いをすることなどあり得ない事だった。
トカゲが「キュゥ」と小さく鳴いた。
気を持ち直し、その建物内部をくまなく探る。
誰かが生活していた部屋なのか、それとも誰かが生活していたように仕立てられた部屋なのか、判断がつかなかった。
理由はわからないが、シーツの乱れ一つ取っても、なんだかそういう風に設えられたもののように見えた。
ユキナリは、本棚の本を一つ手に取り、中を確認する。
それは、確かに本の装丁をしていたし、中身は文字ばかりだったけれど、文章は的を得ず、なんだか知能不足の不格好なAIで書かれた文章に似ていた。
その不気味さに、本を取り落とす。
拾い上げた本は、また本棚に戻しておいた。
魔女の居場所や魔女の命の扱いについての情報は、何処にもなさそうだった。
まあ、それもそうだ。
そんな命にも関わる機密情報を、わざわざ文章にして置いておくメリットはないだろう。
「手がかりはなし、か」
ユキナリはため息を吐いた。
「ここを離れるしかないか」
「そうですわね。むしろ、ナーナのそばにいたほうがいいかもしれませんわ。魔女は、自分の命を監視しているでしょうから」
「そうだな」
姑息な手だ。
決して傷つけられない場所に、自分の命を置いたのだから。ナーナを犠牲にして。
確かにそこらの宝箱よりもよほど安全だ。
今の所、あの場所に手を出せるものはいない。
けれど怖いのは、それに手を出す奴は、きっといるだろう事だ。
ナーナの中に魔女の命がある事は、大々的に知れ渡ってしまっている。
もし、魔女を倒したいと思った誰かが、ナーナを殺す事を厭わなかったら?
ナーナ本人だって、自らその身に刃を突き立てようとしたのだ。
「どうして魔女は……自分の命の場所をあんな風に知らせたんだ?むしろ死にたい、とか……?」
そこでマルが、複雑な顔をして横を向いた。
「面白がっているのですわ。ナーナを中心に人々が騒ぎ、ナーナが弱っていくのを見るのを」
聞いた瞬間、腑に落ち、ゾッとする。
あの魔女ならそうだろう。
初めて現れた日の事を思い出す。
「首都に、帰るか」
ユキナリは、そっとハニトラの表面に手を置いた。
ハニトラは、再会して以来、ユキナリの首元から離れようとはしなかった。
ほのかな温かさが、ユキナリの心まで温めてくれた。
まるっきり人外になってしまったハニトラもかわいいですよね。




