212 ハニトラの色(1)
魔女は、何も言わずにその肉を食べ、そして数口食べたところで、口を拭うと立ち上がった。
「そろそろ行かなくちゃ」
目が、合う。
何だこれ。
なんだよ。
皿の上に載った肉が、ぐちゃりと残った。
魔女が、ユキナリのそばを通り過ぎて行く。
ユキナリが、一人部屋に取り残された。
皿の上の肉から、目が離せない。
離せない。
なんだって……?
あれが……、ハニト………………。
「うっ…………」
唐突に吐き気をもよおし、口を抑えた。
目の前が真っ白になる。
何も見えない。
何も。
ハニトラ。
どこに居るんだよ、ハニトラ。
「ハニト…………」
言いかけて、何に呼びかけていいのかわからなくなって、怖くなって、足をフラつかせながら辺りを探った。
ボロボロと涙がこぼれる。
部屋の中。
薄暗い廊下。
手探りでフラフラと歩く。
ガシャン!
何かにぶつかる。
カシャン、カランカラン。
何かが落ちる。
カン。
目の前に落ちたのは、包丁だった。
まるでハニトラの……。
ハニトラを思い出し、目を大きく見開く。頭がクラクラした。
そこは台所だった。
「ふ……っ、ぐっ……」
吐き気と涙で、苦しくなる。
大きな作業台に突っ伏した。
ザラ。
作業台の上で、何かがざらついた。
砂……、いや、砂糖、か。
作業台の上には、砂糖がばら撒かれていた。
いや、それだけじゃない。
何かが広がっている。
「え…………」
それは、“何か”だった。
作業台いっぱいに広がるそれは、ツルツルとしていて、それでいて手に張り付くような弾力があった。
その物体は、透明のようでいて、キラキラと銀色に輝いていた。
そして、中心に青く丸い何かがある。それは、まるで生命のような、深い海のような明るさを帯びている。
「…………」
ユキナリは、その物体を見下ろした。
ボロボロと、涙がこぼれる。
「ああ…………」
ユキナリは、その物体に覆い被さった。
「こんな所に居たんだな…………。ハニトラ」
額をそれに触れさせる。
……温かい。
それにしても、どうしてこんな形なんだ?
スライム……だよな?
具合が悪いんだろうか。
「ハニトラ?」
ユキナリは、その液体のように広がってしまっているスライムを、こぼさないよう、慎重に抱きしめた。
「ハニトラ。俺の事を吸収してしまってもいいから、起きてくれ、ハニトラ」
それから、どれほどの時が経っただろう。
腕の中で、フルフルと震える感触があった。
「ハニトラ?」
そのテーブルに広がっていたものは、段々と丸餅のように平べったく丸い形になっていった。
生きてる。
よかった、生きている。
うにゅん、と腕のように、二本のぷよぷよしたものが伸びて来たかと思うと、その腕がユキナリの肩に回った。
「よかった……!ハニトラ……!」
ああ、そうか。
スライムだったんだ。
あの瞳が、コアか。
そしてユキナリは、ハニトラを強く抱きしめたのだった。
砂糖がまぶしてあったのは、魔女カタライが甘く味付けして食べようとしていたからです。




