211 ゴーレムを追って(3)
目の前の巨大なゴーレム。
動く気配は、ない。
意識がない、のか?
寝てるとか……?
そういえば、最初に戦ったゴーレムも、イリスも、スリープモードか何かのようにじっとしていたっけ。
ゴーレムにも、睡眠や休息が必要なのかもしれない。はたまた充電か?
ゴーレムの姿は無惨だった。
身体の半分ほどの腹は抉られ、溜まったどす黒いものがこぼれている。その腹から下はそのどす黒いものがボタボタとこぼれた跡がこびりついていた。
イリスが見上げ、じっと動かなくなる。
警戒しつつも近付いて、短剣で力一杯足を叩く。
据わった目で、じっとゴーレムを観察する。
ゴーレムは特に動く様子もない。
やはり、意識はないようだ。
ヤケになった、というわけでもないが、頭を叩いてそのゴーレムを倒した。
足の裏を見る為だ。
血が抜けて行くような、真っ白な頭をなんとかもたげ、足の裏を覗いた。
足の裏は、あの時の事が鮮明に浮かぶほど、赤黒い跡がついていた。
けれど、肉の破片のようなものは無い。
それはそうか。
このゴーレムは、この何キロメートルもの距離を、この足で歩いてきたのだ。
その間ずっと何かが着いている事などないと、自分でもわかっていたつもりだった。
けれど、諦めきれなかったから……。
ハニトラの笑顔を思い出す。
心臓が痛い。
痛い。
そこでどれだけの時間じっとしていただろう。
ぼんやりと立っていただけだったけれど、魔女や魔女の仲間がこちらに向かって来る気配は無かった。
魔女は……居ないんだろうか。
ふと、後ろを振り返る。
イリスは、まだじっとしていた。
マルはそんな俺達を見守る様に、トカゲと二人、少し離れた所で項垂れていた。
この秘密基地の様な場所を探る為に、ユキナリは一人、その場を離れる。
マルがついてこようとしたけれど、
「……イリスについてやっててくれないか」
と、断る様に離れてしまった。
それは、一人になりたいが為の言葉だった。
ここまで誰も来なければ、もう誰も居ないのかと思えたし、正直な所、誰が居てももうどうでもいいと思ってしまった結果だった。
ハニトラがいない世界は、段々と色を失ってきていた。
出来るだけ音を出さず、奥へ奥へと入って行く。
奥の方には、ゴーレムが入る様な所ではない、人間サイズの通路があった。
レンガの様な、人工的な壁で囲われた場所だ。
それは、周りを見ることには困らないが、どこか暗く、目がおかしくなってしまいそうな場所だった。蝋燭などの灯りも見当たらないところを見ると、壁自体を光らせているのだろうと予想が出来た。
所々部屋があるが、ドアはなく、誰か人がいればこの廊下を歩く事も難しくなりそうだ。
部屋の一つ一つを覗きながら、ユキナリは歩いて行く。
部屋はどこも、思った以上に生活臭に溢れていた。
テーブルや椅子が設えてある場所。絵画のようなものが飾ってある場所。本棚が置いてある場所。ベッドらしきものにカーテンがかかっている場所。台所らしき場所。
そして、突き当たりには大きな木の扉が待ち構えていた。
「…………」
躊躇はしたが、開けないという選択肢はなかった。
取っ手を手に取り、ぐっと力を入れる。
そこは、明るい部屋だった。
長いテーブルが置いてあり、白いテーブルクロスがかかっていた。
そのため、ここが食事をする為の部屋だとわかる。
テーブルの上は、蔦のようなもので飾られていた。
そしてそのテーブルの一番奥。
誰かが座っている。
こちらを向いて、食事をしている。
それは、魔女だった。
あの、どこの誰かもわからない少女の姿ではない。
かつて見た覚えのある魔女だった。
魔女は、ユキナリが部屋に入って来た事に気づいているはずだけれど、ただ、食事をしていた。
皿の上には、赤黒い生肉を潰したようなものが載っている。
魔女は、それをナイフとフォークで上品に口に運んでいた。
皿の上の生肉が叩きつけた形で皿からこぼれ落ちているせいで、なんともミスマッチな情景だ。
何を食べてる?
何を食べてるんだ?
ユキナリは、頭の中がまた真っ白に染まって行くのを感じた。
理解したくない。
何を食べてるんだ?
「ふぅ」
そこで、魔女は一つ息を吐いた。
そして、突然ユキナリに話しかけてきたのだ。
いつかの、あの声音で。
「この肉には、蜂蜜が合うかもしれないわね?だってこの子、ハニー・トラップちゃんって言うんでしょ?」
そして、魔女は、美味しいご馳走を前にした人間のように生肉に蜂蜜をかけ、それを口に運んだのだった。
これでもまだいうほどグロ展開じゃないって信じてる!




