208 新しい一歩(2)
ユキナリが扉の前で会ったイリスは、下を向いていた。
背中にあるのは、ナーナの部屋だ。
「イリスでは……、何も出来そうにありません」
何も。
それは、ナーナが飲み込んでしまった魔女の命に関する事だ。
イリスでは、ナーナの腹から魔女の命を取り出せなかった。
見えない部分の繊細な作業。それは、イリスの魔法ではどうしても無理なようだった。
魔法も万能ではない。
ユキナリがいた世界で聞くような天才外科医でも居れば、それも可能なのかしれないが、この街の壊滅状態で、そうそう天才外科医に出くわすわけもない。
そもそも、精霊が中心となった科学の存在しない世界だ。
そんな外科手術的な事がそうそう行われるわけもないのだ。
ユキナリは知っている限りの人体の構造をイリスに教えたわけだけれど、実際に外から見えるわけではないので手に負えなかったというわけだ。
イリスは、手をじっと見つめた。
「感触はわかりました。生命が波打っているのに何処とも繋がっていなくて……。触るとこちらが見透かされそうで……」
「この方法でも、ダメみたいね」
力強く言ったのはサラだった。
冷静さを装っているが、何が何でもナーナから魔女の命を取り出そうと躍起になっているようだった。
それでもすぐに、ユキナリに向き直る。
「ここは私が何とかするわ。あなたは、ハニトラを探しに行ってあげて」
「…………」
これで、魔女を倒せたなら、一歩前進だった。
けれど、そう上手くもいかないものらしい。
ナーナから取り外さずに潰してしまうのも、ナーナがどうなるかわからず出来なかった。なにせ、魔女の命とナーナは繋がっているのだから。
「わかった。魔女の命を取り外す方法も、探してくる」
ハニトラを探すという事が、どういう意味を持つのか、自分でもよくわからなかった。
もう一度あの場面を反芻して終わる可能性だってあった。
けど。
どうしても。
そんな小さな可能性に縋るしか出来なかったんだ。
ユキナリは、モスからもらったマントを羽織る。
後ろには、マル、イリス、ハネツキオオトカゲが控えている。
「いくぞ」
「おう」
「おー!」
「キュゥ!」
ユキナリは見据える。
草が倒されたゴーレムの通った跡がある。
「追うぞ」
「はい!」
威勢よく返事をしたのはイリスだ。
魔法で、4人を運ぶ足場を浮かばせる。
その足場をうまくコントロールしながら、ユキナリは風の力を使ってスピードを上げた。
隣に居ないハニトラを想う。
見下ろした街は、損害の大きさが窺える。
ハニトラ……。
いるとしたら……あのゴーレムの足の裏だ……。
震える手をグッと握る。
居てくれ、ハニトラ。この世界の何処かに。
さて、改めて旅立ちです。




