207 新しい一歩(1)
まだ日が明けきらない時間。
ユキナリは、一人、丘の上に立った。
この世界に落ちてきた時に持っていた鞄だけを持った。
世界は静まり返っていた。
行く方向はわかっていた。
遠く続く草原には、ゴーレムの集団が歩いたらしき踏みつぶされた草の跡が、遠くどこまでも続いていた。
これを辿って行けばいい。
腰に携えた短剣を確認し、前へ歩きだそうとしたその時。
「ワン!」
後ろから、声が聞こえた。
ユキナリは、足を止める。
後ろに居たのは、マルだった。
「行きますの?一人で」
問われ、ゆっくりと振り返る。
白い毛は薄汚れ、足は赤黒く染まっていた。
「どうしても、ハニトラを諦められなくてさ。生きている可能性があるなら、俺は探しに行く」
「そうではなく。どうして"一人で"行きますの?」
問われ、ユキナリは俯いた。
「もう、嫌なんだ。俺の為に、誰かが犠牲になるなんて。……もともと一人で行こうと思っていたし。お前らは、こんな事に首を突っ込まない方が、幸せになれるだろ。頼りたくない」
「…………」
夜が明けそうな薄闇の中、マルは足を踏みしめた。
マルは、じっとユキナリを見つめる。強い瞳で。
目を逸らすことは許されそうになかった。
「あなたのその呪い、魔物には効きませんわ」
「え?」
突然何を言い出すのかと、ユキナリは面食らう。
「わたくし、あなたの事が大好きですもの」
「…………」
十分な沈黙があった。
十分な沈黙が必要だった。
「………………え?」
一瞬、恋愛的なそれかと思ってしまった。勘違いしても仕方のない目だった。
けど、そうだよな。仲間として、だよな。
けれど、マルは、追い打ちをかけてくる。
「わたくし、ユキナリ様を愛しておりますの。一生、おそばを離れるつもりはありませんわ」
「な……にを…………」
流石のユキナリも、タジタジになる。
「イリスさんだって、トカゲだって……それに……」
マルの顔がくしゃっと潰れた。
「弱弱さんだって……あなたの事が大好きなんですの。もう家族なんですのよ。気持ちを蔑ろにしないでくださいませ」
「あ…………」
「相談もなしに出て行くなんて許しません。そんな事をされてもわたくしは、どこまでも探して追い続けますわ」
「それは……」
やめろとは言えなかった。
仲間達が大切だった。
大切だからこそ、もうそばに居たくはなかった。
「わたくしは、ずっとそばにいるとも、死なないとも言えませんわ。けど、死ぬまでは必ずあなたのそばにいます。わたくしは……、あなたの死を見て消えない傷を負うことも、わたくしが死んであなたに消えない傷を残すことも、もう受け入れる覚悟をしておりますわ」
マルの目から、ボロボロと涙がこぼれていた。
透明な。
透明な涙。
「あなたが逃げ出すなんて、許しませんわよ」
その言葉は、苦しくて苦い。
けれどもう、ユキナリは一人で旅立つ事など出来そうにはなかった。
「わかったよ……。帰ろう、マル」
さて、改めて旅立ちでしょうか。




