203 絶望の宴(4)
君の声が聞こえなかった。
君の笑顔が見えなかった。
どこに行った?
確かに今、目の前に居たのに。
一緒に魔女と戦って、たった今俺を助けてくれて。
今、俺の名前を呼んだのに。
どこに行ったんだ?
「どこに行ったんだ……?ハニトラ……?」
石畳の床に座り込む。
目の前にあるのはただ、まるで赤い絵の具を弾けさせたような、真っ赤な水たまり。
何かを潰した様な柔らかな塊が飛び散っている。
赤くて。赤くて。赤くて。
ハニトラ……?
これがハニトラ……なのか……?
「そんな……」
こんなのは違う。
だってずっと強くて。
俺なんかよりずっと強くて。
いつだって笑顔で。
俺は、あの笑顔を探す為に、周りを見渡した。
一人の少女が、一人の精霊に跪いている。
自分の運命を憂い、呪い、涙を流している。
その両手には、刃渡り30cmはあるナイフが握られている。
自分に向けて掲げている。
それを必死で止めようと、一人の精霊はその両手をぐっと握っている。
何を話しているのかはわからない。
ただ、少女は、自分にナイフを突き立てる事こそが、自分の為すべき事なのだと。
そう信じて疑わない。
一人の石でできた女性が、地面に這いつくばっている。
真っ黒で腐敗臭のするそのドロドロとした塊を、まるで宝物かの様にその両手でかき集めている。
身体は石で出来ているから、涙を流す事はない。
けれど、この世界の全てを呪う様に、恨む様に、悲しんでいる事がわかる。
ほんの小さく、小さく愛おしい人の名を呼んで。
あなたと共にこの生を終えたいのだと、そう願って。
一匹の犬の様な魔物が、立ちすくんでいる。
身体を震わせ、尻尾を垂らしている。
項垂れたまま、赤い水たまりをじっと見つめている。
白い石畳に染み付いてしまったその赤い何かを。
ハニトラがいない。
こんな風になるとは、思っていなかったんだ。
「ハニトラ……」
けれど、確かにこの世界は現実だった。
この世界に生きている者たちがいた。そして生きていれば死にもする。
知っている誰かが、いなくなる事だってあるのだ。
それが……ハニトラだって事もある。
ユキナリは、ぐ……っと地につけた両手を握った。
目の前の赤い塊を見つめる。
「ハニ……トラ……っ」
周りが見えなくなる。
けれどもう、そんな事はどうだってよかった。
もうこの世界の事なんて全部どうだってよかった。
「俺……なんて事をしてしまったんだ……」
もっと上手く出来たはずだ。
もっと上手くやらないといけなかった。
もっと力をつけておけばよかった。
もっと……。
もっと優しくしておけばよかった。
もっと素直に…………。
ユキナリの頬を、涙が伝い落ちた。
さて、ここからどうしましょうか……。




