表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静かにしろよ、ハニー・トラップ!  作者: 大天使ミコエル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

202/230

202 絶望の宴(3)

「イリス!?」


 市民を守っていた泡は弾け、人々がまたゴーレムらしきものの前に晒される事になってしまった。


 人々の声と血の匂いが、溢れてくる。


 それに……臭い。


 鼻につく匂いがした。

 それが、何年も放置された肉が放つ匂いだと、ハニトラにもわかった。


 あの、ゴーレムらしきものから匂いは放たれている。

 そういう攻撃……?


 いや、イリスの様子がおかしい。


 まさか……。


 あのゴーレムの媒介に、発明者であるイリスのマスターが使われていたようだ。


 イリスのマスターの手帳で見かけた事がある。

 ゴーレムに意思を埋め込む代わりに、生きた人間を埋め込む方法がある。

 その方が、魔法を発動させるよりも簡単な方法なのだ。

 必要なのはその命だけなので、食事も出来ない、暗闇で命の終わりまでそこに居るしかなくなる。どういう仕組みかはわからないが、一度ゴーレムが動いてしまえば、媒介の命がたち消えようとも関係なく、ゴーレムは動き続けるらしい。


 つまり……イリスのマスターは…………。


 ハニトラは俯いた。


 そんなの耐えられない。

 もし、ユキナリがそんな事になったら……やっぱり、私は耐えられない。




 火の手は辛うじて上がっていない。

 それも、水の精霊と火の精霊が尽力しているおかげだろう。

 この街の中が、今どれだけ混乱に陥れられているのか想像もつかない。


「う……うぅ……っ」

 街の人達の、辛そうな声が増えてきた。

 今のところ、この広場は犠牲者が少ないけれど。


 ガン!ガン!

 と、ハニトラは両腕を刃へと変え、ゴーレムと戦った。

 刃は私が記憶している身体の一部だから、刃こぼれする事はない。

 けれど、周りで戦っている冒険者達は、いくらなんでもそろそろ限界だろう。

 相手は人間ではなく、巨大な岩石なのだ。


「イリス…………」


 イリスに立ち上がってもらいたいが、泣きながら“マスター”の元へ這っていくあの姿を見ると、イリスばかりを頼る気にもなれない。


 一度、ユキナリと合流しなくちゃ。


 ユキナリは、どこ……。


 周りを見渡すと、ユキナリは思いの外簡単に見つかった。


 けれど。


 ユキナリも、様子がおかしい。


 戦ってはいるけれど。

 苦しそうだ。

 この匂いのせい……?

 と考えて、一つの事が思い浮かぶ。


 さっきの、ゴーレムの胸を剥がしてしまった事だ。

 あんなの、ユキナリが悪いんじゃないのに。


 元々、イリスのマスターは生きてたわけじゃない。

 ユキナリが何か悪い事をしたわけじゃない。


 そんな事、気にしないで。


 飛んで行く。


 ユキナリのその場所へ。


 風を切って。


 この空を越えて。




 その時だった。


「あぁら、ハニー・トラップ」


 ハニトラの名を、呼ぶ声がした。


 え?


 魔女カタライだ。


 魔女が、私に何の用?

 なんで、名前まで知って……。


 ハニトラは、魔女を無視してユキナリのところまで行こうとした。

 けれど、魔女は、あろうことかその場にいる全員が聞こえる声で、こう言ったのだ。


「よくやったわ。今まで報告ご苦労様!これで出世間違いなしね!」


 え?


 何言ってるの。こいつ。

 私は、今日、魔女と初めて会ったっていうのに。


 そんなこと言ったら、みんなが。街の人が。私を疑って…………。


 周りの視線が突き刺さる。

 味方同士で争いが起きる。

 そう、人間である父が人間に殺されたみたいに。


「あなたなんて知らない!」


「あぁら、もう、演技なんていいのよ?ここが最後の舞台なんだから」


 やめて。


 もしユキナリにまで、疑われたら…………。


 ユキナリと目が合う。

 けれど、ユキナリは強い目をしていた。

 私の事を信じてる目だ。


 ユキナリ……!


 ああ、わかった。

 あなたなら、私の事を一人ぼっちにはしない。


「ユキナリ……!」


 そしてそこで、ハニトラの目に入って来るものがあった。


 あの巨大なゴーレムが、まだ動いている。

 踏み潰そうと、ユキナリを追いかけ回している。

 その胸から、腐った肉片をボトボトと飛び散らせながら。


 ユキナリに近付かないで。


 やめて。


 その足の裏が、ユキナリに襲いかかる。

 ユキナリは、後ろにいる人々を守る為、勝ち目のない勝負に出ようとする。


「ユキナリ!!!!」


 ああ、精霊なんていうものがいるなら、ユキナリを守って。

 その人は、私の大切な人なの。




 ハニトラは、ユキナリをゴーレムの足の裏から押し出した。


 自身の身体を犠牲にして。


 頭の上に、大きな岩石の足が、降って来る。


「ユキナ……」


 グシャ…………!




 そして大きなゴーレムの足を中心に、真っ赤な水たまりが出来た。

 魔物だったのか人間だったのかもわからない何かが、小さな果物のように潰れた。

 飛び散る。腕だった何か。足だった何か。脳だった何か。内蔵だった何か。

 もう一度ゴーレムが足を上げた時、潰された何かは、もうそれが何だったのかわからないほど柔らかく、足の裏にこびりついていた。


「ハニ……ハニトラ…………?」


 ユキナリが目の前の現実に顔を真っ青にしながら、いつもの笑顔を探す。


「な………………?え…………?」


 ゴーレムはその感触に満足したように、踵を返し、どこかへ去っていってしまった。


「ハニ……トラ………………?」

これはハニトラの絶望か、はたまたユキナリの絶望か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
何がどうしてこうなってしまったのか、魔女の思惑はいずこなのか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ