201 絶望の宴(2)
「やめて…………」
サラの消え入りそうな声に、起きてはいけない事が起きたのだと、イリスにもわかった。
「あっ…………うっ…………」
ナーナが、吊り上げられたまま、虚ろな瞳で虚空を見ている。
口から涎が垂れているものの、もう口の中には何も残っていないようだ。
魔女は、それがただの仕事であるかのように淡々とこなしていた。
魔女の反応からして、あれが“魔女の命”なのだろう。本物であれば。
あれが本物の魔女の命ならば、あの命を潰して仕舞えば、物語は終わりになるはずだ。
けれど……、魔女の命は今、ナーナの中にある。
ナーナを刺せばもしかしたら上手くいくかもしれない。けれど、例え上手くナーナを助けられるのだとしても、そんな事は出来ない。
……出会ってからそれほど経っていないイリスでさえ、そんな風に扱う事は出来ない。
この街の人なら当然そうだろう。
とにかく、ナーナを助け出すのが先決だ。
イリスは、魔法でナーナを助け出し、泡のようなものでナーナを守る。
そこから、戦えない人々を同じく泡のようなもので一人ずつ包んでいった。
それにしても……。
あの、ゴーレムらしきものは何……?
ゴーレム、だろうか。
あれが、イリスの弟達だなんて、信じたくはない。
けれど……。
腕の動き、足の動き、見覚えがある。
まさか…………マスターが…………?
考えたくはない。
魔女に見つかってしまったなんて。
けれど、ゴーレムだけ盗まれたというのも考えづらかった。
あの型は、……素材や表面の具合からして、イリスよりも後に出来たと考えるのが自然だからだ。
マスターが出て行った後に、作られたものである可能性が高い。
硬い。弟達の誰よりも。
けれど、数が多い分、一つ一つに魔法を埋め込むのは無理だったようだ。
ううん。
ダメ。
魔法に集中しなくては。
物体そのものを生み出す精霊の力と違って、力を行使しなくなれば消えてしまう魔法は、常に細部に集中していなくてはならない。
集中……して……。
人々を助ける為の泡を生み出し続ける。
その時だった。
ドシン、ドシン、ドシン、ドシン。
周りで騒いでいるゴーレム達よりも一際大きなゴーレムがやってきた。
大きな岩。
人間の数倍はあるゴーレムだ。
「あれは……何ですか…………」
家はどれも腹のあたりまでしかなく、街を、人を、押し退けてやって来る。
人間達が、足元を小さなリスの様にひしめきあっている。
あんなもの、見た事はない。
あんな大きな…………。
飛び上がったハニトラさんが、その巨大なゴーレムに飛び掛かっていった。
ガン!
その表面に線をつけられたものの、切るというには程遠い。
けれど同じ胸の辺りを何度も何度も切りつける事で、なんとか押し退ける事は出来ている。
そこで飛び上がったのはユキナリさんだった。
風の力を使い、天高くまで飛び上がると、そのままその風の力を巻き起こし、その胸に突風を叩きつける。
それは、上手くいっていると言えた。
ガン!!
ユキナリの一撃が、ゴーレムの足を揺らがせた。
胸の辺りにヒビが入り、ゴロン、と胸の辺りの岩が落ちてきた。
「うわあああああ」
下にいた人々の悲鳴をBGMに、大きな岩が剥がれ落ちる。
そして。
トサ……ッ。
「………………え」
その巨大なものが、ゴーレムじゃなければいいと、イリスは注視していた。
そして、そのゴーレムから落ちてきたものをイリスは見てしまった。
あの…………手帳は…………。
それにあの外套……。
あの日を思い出す。
マスターを最後に送り出したあの日を。
以前見た時より薄汚れているけれどあれは……。
「マス…………タァ…………?」
ボトボトボトボト…………ッ。
そしてイリスは見た。
そのゴーレムの胸の辺りからこぼれ落ちる、腐った肉の破片達を。
「マス………………」
その瞬間、イリスが作り出していた泡は全てがかき消えた。
「マスターぁ…………!?マスター!?」
イリスは膝を突き、ゴーレムからこぼれ落ちる、マスターの破片達を、視界に収めていった。
「マスター………………?あなたなんですか……………………?」
そして、全てが瓦解する。