2 俺が異世界に落ちる事になったワケ(1)
朝。
リュックにスマホを放り込み、学校へ向かう。
いつもとどこが違ったか、なんて問われれば、
「あ、CD返さないと」
友人から借りたCDを取りに、玄関から部屋の中へ一度戻った事くらいだ。
そんなよく晴れた平日の朝の事だった。
ユキナリが一人暮らしのアパートのドアをガチャリ、と開けた瞬間。
比喩でなく、体調のせいでもなく、景色がグニャリと曲がった。
目の前に見えるはずの、空と家々の屋根と電線が、まるでお絵かきソフトで遊んだ時みたいに。
「え?」
目を疑う。
けれど、それは間違いなく、自分ではなく、世界が歪んだ瞬間だった。
歪んだ世界の中、一人取り残される。
「ふっふっふー」
いや、一人では、なかった。
女の声がした。
その女は、何の躊躇いもなく、俺の目の前に姿を現した。知らない奴だ。
くりんとした床まで届く長い黒髪。まるで、カラスのようだと言えばいいだろうか。本当に、その髪の中に暗闇でも閉じ込めてあるんじゃないかと思うほど、真っ黒な黒髪だ。
キュッとした、同じく黒いロングドレスで、たっぷりとした巨乳を包み込んでいる。
「何……?え…………?」
こんな状況になっても、誰かに騙されてるんじゃないかとかそんな考えが頭をよぎって、冷静さを装おうとする。
けれど、足元を見た途端、遠くに歪んだ森の様なモノが見えて、そんな心も折れてしまった。
「何…………?」
目の前の女性を凝視する。
少しのヒントも見逃さないように。
この女が味方であるにしろ敵であるにしろ、敵対心を出すのは得策ではない。だって、この場所から家に帰る方法などわからないのだから。
「毎日がつまらないの」
「え?」
その女は、まるでそこがカラオケボックスででもあるかの様に、まるでそこが合コンの場ででもあるかの様に、そんな言葉を放った。
あまり交友のない相手に、内緒話をするかの様な感覚。
「だからね、あなたで遊ぶ事にしたのよ」
髪と同様、真っ黒な睫毛の奥。深淵のような瞳が覗く。
「あなた、落ちなさい」
「落ちるって……俺、ガッコ、行かなきゃいけないし……」
言いながらも、その言葉にゾッとする。
足の下は、遠く森の様な歪んだ景色が見えるばかりで、アパートの廊下に立っているはずなのに、宙に浮いている感覚になってしまっていたからだ。
「あ、この世界では、落とす時にはチート能力?要るのよね?えーと。言語能力。あ、あれもいいわね。異性に好かれなくなる能力」
異世界にでも、落とそうっていうのかよ。
「そんな事して……何になるんだよ」
「え?」
目の前の女が、わかりきった事を聞かれキョトンとするときの、あの顔を見せた。
「あなたの顔が好みだったのよ。だから、集めるの」
「檻にでも入れる?」
「入れないわ。カタライの国で、飼ってあげる。せいぜい楽しみなさい」
カタライ……?
異世界の名前か何かなのだろうか。
「俺、でも今日はやる事あるし、またの機会に」
「あ〜あ!」
女は、嬉しそうな顔を作り、手をぽんと叩いた。表情とは裏腹に、目は、笑ってない。
「やる事、出来なくなったのをみんなにお知らせする為に、あなたは死んだ事にしてあげる」
「そんな勝手な事……!」
言いかけたところで、目の前の歪んだ景色に、大きなトラックが飛び込んで来た。
改めて、物語の開始です。
これからどうぞよろしく!




