19 はじめてのダンジョン(2)
咄嗟に振り向く。
小部屋の入口から覗き込んだ何かと目が合った。
「……っあ…………!」
叫び声をあげそうになり、堪らえる。
目の前に居るのは、人型の何か。
焼け爛れたような肌が、あちらこちらでダラリと垂れ下がっている。
何も見えないと思われる、白濁した目。
どう見ても、ゾンビ以外の何者でもなかった。
心臓の音が、バクバクと耳に響く。
手が、震える。
しまった……。入口を塞がれた……!
濁った呻き声が、ゾンビの口から漏れる。
幸いな事に、短剣は既に鞘から抜き放たれていた。
短剣を、構える。
ゾンビが、こちらに来る。
視線の定まらない目をしているにも関わらず、ユキナリを標的にしたのは明らかだった。
けど。
何かをこぼさないように歩く時のような、そのユルユルとした足取りは、ユキナリでも避けられそうなほど、ゆっくりと動いていた。
これなら……俺でも……!
短剣を構え、飛びかかっていく。
ズシャ。
嫌な手応えと共に、ゾンビに短剣が刺さった。
やった……!?
そう思ったのも束の間だった。
あまりにもグチャグチャとした手応え。
ボトボトと落ちてくる泥のような何かに怯え、思わず短剣から手を離してしまった。
「う、そだろ……」
ゆるゆると動くゾンビの横腹を途中まで抉った短剣が、視界から離れていくのが見えた。
尻餅をつき、確認すると、そのまま、ゾンビの横腹に突き刺さっている短剣が確認できる。
「そ、んな……」
足が、震える。
けど。
思い出す。
短剣を、作ってくれた鍛冶屋のお兄さんの力強い目を。
あの試験項目と、鍛錬の時間を。
大事な、短剣だ。
とはいえ、ゾンビのあの爛れた身体に触ると、何が起こるか分からない。
捕まって、どこかの映画のように俺がゾンビ化させられてしまったりしたら、笑い話にもならない。
動きがゆっくりなのをいい事に、なんとか後ろに回り込む。
目は見えてないようだけれど、こちらを認識できるらしい以上、後ろを取る事に何か意味があるかもしれないと思う。
ゾンビの濁った声が響く。
静かに見ていると、腕を左右に大きく動かす事があるようだ。
あのタイミングを狙えば……。
飛びかかる格好で、待ち構え、それでも二度ほど飛びかかれずに、息を吐く。
思ったよりも……うまくいかないもんだな。
もう一度、腕を上げた時、飛びかかり、短剣の柄を掴むと、振り回されてでもいるんじゃないかと思うような勢いで、そのまま前に飛び出した。
勢いで、そのまま短剣を引き抜く。
でき、た……!
それでもそこから、ゾンビに短剣を向ける事は出来なかった。
ゾンビの後ろに煌めく大量の石に思いを馳せながら、それでもユキナリは、命からがら逃げ出したのだ。
そんなユキナリが、洞窟の最奥の部屋で見つけたのが、大きな石で出来た箱だった。
金目のものを期待して、開けた箱の中には……。
「は…………?」
一糸纏わぬ姿の、銀髪の女の子が入っていたのだ。
どんな状況だかは分からないが、こんな所に置いていくわけにはいかなかった。
「不可抗力だからな?」
両手を伸ばし、女の子を抱き上げる。
その重み、その温かさ、柔らかさ。
……………っ!
とりあえず、抱き上げる事に問題はなさそうだ。
ユキナリは、自分の上着を脱ぐと、なんとかその女の子の首に被せる。
腕を通す事は出来なかったが、ぽよんとした胸を隠すには十分だった。
……下は隠れてないが。
走る様に、逃げ出す様に、洞窟の入口へ、恐怖に取り込まれそうになりながら向かう。
あの小部屋を通り過ぎる所で、中に2体のゾンビがいる事に気付き、ゾッとする。
出来る限りの早足で洞窟を出る。
洞窟を出た所で、一息つこうと思ったのは一瞬。
何も穿いていない女の子を地面へ下ろすわけにはいかない事に気づき、そのままの格好で、黙ったまま宿へと向かった。
宿の入口に居た、いつも掃除をしているらしき兄ちゃんに、
「うちの宿、変な事に使うなよ?」
なんて言われながら、ダンジョンで倒れていたところを辿々しく説明し、なんとかベッドに寝かせたというわけだ。
借りている部屋の、一つしかないベッドに、銀髪の女の子が寝ている。
「はぁ……」
どうしたらいいんだよ、これ……。
やっとプロローグです。
次回から、ハーレムの始まりだー!




