182 暗所(1)
「大丈夫よ」
そして私は、数十回目の安心させる為の笑顔を見せる。
自信なんてない。
全然大丈夫じゃない。
けど、ナーナが落ち込んでしまえば、ここから出るチャンスが減ってしまう。
ナーナを元気づけていなくては。
綺麗なベッド、綺麗なテーブルと椅子、綺麗なティーセット。
ただ、ここには窓がない。
あるのは、頑丈な石壁と、格子になっている牢の扉。
そして格子の向こう側に見えるランプと上へと続く階段だ。
綺麗な家具達は違和感ばかりに、重くジメジメした空気が漂っていた。
一人でここから出るのは簡単だ。
けれど、いくら強い火の加護を持っているからといって、ただの人間であるナーナと共にここから出るのは至難の業だった。
ナーナは、祭りのために用意した姫のドレスを纏っている。
ここへ連れて来られて2日。
気を強く持ってはいるが、ナーナの顔色はそれほどいいとは言えなくなってきていた。
「ナーナ、さあ、ご飯を食べて」
テーブルの上には、こんな廃神殿で用意されたものとは思えないほど、まともなものが準備されていた。内容はパンとスープといった質素なものだが、味や風味は町の飲食店と遜色はない。
「こんな……、何が入ってるかわからないものを食べるなんて……」
ナーナの手はフルフルと震えている。
無理もない。
命を狙われているに違いないのだから。
毒が入っているかもと思っていてもおかしくはない。
けれど、相手は魔女。
実際には、今、毒を使ってあっさり殺す程度でいいならば、もっと簡単に息の根を止める方法があるはずだ。
魔女はもっとずっと、残酷な殺し方を考えているはずなのだ。
「大丈夫よ、私が先に食べるわ。ほら、見ていて」
スプーンに手を伸ばした矢先、
「やめて!」
とナーナが大きな声を出した。
「やめて、サラ。毒味ならわたしがするから」
そしてナーナは、勢いよくスープをかき込む。
サラの顔は、涙を我慢する為にくしゃりと歪んだ。
ナーナが姉の様に慕ってくれるのは嬉しい。
けれど、こんな風に守ってほしいわけじゃない。
私だって、ナーナを守りたい気持ちは同じなのだから。
こんな時……ルヴァが居てくれたらなんて言うかしら。
きっと笑って、脱出の機会を虎視眈々と狙うだろう。
風を吹かせて、鳥達に合図を送るに違いない。
きっとルヴァなら上手くやってみせるだろうに。
私には、魔女の手からナーナを守るのが精一杯。
「ほら、大丈夫」
私は花の様に笑ってみせた。
ナーナが無事にここを出られるように。
私がそれまで泣かないように。
カツン、カツン。
階段を降りて来る嫌な音がする。
ここは地下なのだ。
ピンヒールが石の階段を叩く音。
誰が来たのか一目瞭然。
「うふん」
黒の長いロングドレス。スリットからは、妙に艶かしい太ももがゆるりと覗いている。
「元気みたいね、お二人とも」
魔女カタライ。
ナーナを庇うように、サラが立ちはだかる。
「私達を、どうするつもりなの」
「それね。あなた達を串刺しにしたら、面白いかと思ったの。ただそれだけよ」
久しぶりにサラと魔女が再登場です!