175 一方その頃(2)
「そしてここからはわたくしの考えなのですけれど、この原本を書いた方、人間じゃありませんわ。それもウンダのとても近い方ですの。こちらの本をご覧になって!」
図書館のデスクの上には、本が6冊開かれている。
マルが話し出して2時間。
イリスは、うんうんと本を眺めている。
は…………っ!?
こんなことじゃいけませんわ!
ついつい、イリスがなんでもうんうんと聞いてくれるので、調子に乗って話し続けてしまったが、面白い話を聞いて欲しかったわけではない。
イリスの好きな事を探すのが目的なはずだ。
間の抜けた沈黙が落ちる。
イリスが、口を開く。
「お腹、空きました?」
イリスは時々、こんな事を言う。
自分は食事を必要としないから、気にしているのだ。周りの者が空腹じゃないかどうかを。
わからないからこそ、常に聞いてくれる。
そんな気を回さないといけない事でもないのに。
それとも、そのマスターとやらの食事の用意でもしていたのだろうか。
「いいえ。まだ大丈夫ですわ。けれど、そろそろ出ましょうか。せっかくのお天気ですし」
「はい」
にこやかな返事。
イリスは、あまり自分の主張をしない。
いつだって、周りの者をニコニコと見ている。
だからこそ、わたくしはイリスの好きなものを探さないといけないのに。
街を散策してみる。
面白そうなものには興味ないのだろうか。
街の中央広場でやっていた楽器演奏も素通り。道化のボール遊びも素通り。
教会の前も歩いたが、
「綺麗ですね」
の一言で終わってしまった。
味覚も、おそらく嗅覚もなくて楽しめるものといえば、視覚聴覚かと思ったのだけれど、あまりいい反応は得られない。
何が……。
その時、ふっとイリスが視線を留めたものがあった。
え……?
フワラーショップ?
もしかして、ああいうものがお好きなのですかしら。
花。花。
頭をくるくると回しながら歩く。
花が多い場所はどこですかしら。
大きなガーデンや温室もいいですわね。
けど、山暮らしだったのなら、あっちの景色もお好きかもしれませんわ。
これは、賭けに出てもいいかもしれませんわね。
「ついてきてくださいまし」
トントン、と軽快に足を運ぶ。
歩いた先は町外れ。
そこは広い花畑だった。
むせかえる花の匂い。
華やかで眩しい。
マルは、自然と足が速くなる。
ジャンプするようにルンルンと歩く。
「いい場所じゃありませんこと!?」
くるりと振り向くと、マルは目を疑った。
イリスが花畑の中で、動かずにいる。
楽しくなかったですかしら。
けれど、それは早とちりというものだ。
イリスは、腕を上げ、周りを見渡した。
それだけで、わかる。
表情なんてなくても。
喜んでいる。
人工物だというのに、そのマスターという人はどれだけの気持ちを注ぎ込んでこの方を作ったのだろう。
動きだけで、これだけの表情が作れるなんて。
風が吹き、花びらが舞い上がる。
舞い上がる花びらの中、イリスは踊っていた。
「美しいですわ」
マルは目を細める。
景色は遠く、広がっていた。
そんなこんななそれぞれの1日なのでした。